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Chapter 2:エジプトの歴史と神話

2-4. オシリス神話

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オリシス神話とホルスの目

この節ではオシリス神話のお話をしましょう。まずオシリスの家族関係を復習しておきましょう。この神話の主役はオシリスイシスの子ホルスで敵役はセトです。ヌト、ゲブ、ネフティスは出てきません。太陽神ラー(ラア)と知恵の神トトはわき役として出てきます。

オリシス神話

先史時代の初めごろ、アフリカの奥地から、またアジアから水の豊かなナイルの谷に多くの人々が集まってきました。各々の部族はそれぞれ守り神をもっていました。なかでもはやぶさを守り神とする部族は強い戦闘能力を持っていたようで、リビア方面から来た狩猟民族ではないかと、専門家は見ています。ハヤブサ神の中でも強力だったのがホルス神でした。

一方オシリスは農耕神で、アジア方面おそらくシリアあたりからやってきて、ナイルの谷全土に広まったと考えられています。太陽神も農耕民族にとってごく一般的な神ですが、そのなかでも太陽神ラアはコーカサス地方から地中海を経由してきたのではないかと考えられています。イシスは下エジプトのデルタ地方の古くからの神であり、セトはおそらくリビア地方から来た上エジプトの神となったようです。これらの神々(すなわち部族)は組織的に他を征服するということはなく、平和な隣人として生活していましたが、しだいにホルス神を守り神とする部族が勢力を伸ばしてきます。ホルス神を守り神とする部族は数多くあったようで、少なくとも15以上のホルス神が識別できるそうです。

『Chap2.2-2』で見たように、エジプト人は神話を整合性のある物語としてまとめようとはしませんでした。しかし「オシリス神話」に関しては、首尾一貫した流れのある物語に仕上がっています。これは、エジプトがローマ帝国の属州となり、まさにエジプト文明が消えかかっているとき、ローマの著述家プルタルコス『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』という著作を書き残したためだからです。これから述べる話もプルタルコスの著作がもとになっています。

オシリス神話はハヤブサ神ホルスを守り神とする神話です。ホルスは、はじめは他の部族神と変わることのない普通の部族の守り神でした。彼の部族は近隣の部族を従え、しだいに勢力を拡張していきます。当時の戦闘は指導者の判断力や勇猛さに大きく依存します。ハヤブサは天高く舞い上がり、天の一部となり、まるで天空の神のようです。戦闘は生死がつきものであり、指導者の強いカリスマ性を必要とします。戦いに勝つたびにハヤブサは勝利と戦闘力の象徴となります。しだいに指導者は神通力をもったハヤブサの化身とみなされるようになっていきます。

はじめホルスは、創世神話のいずれにも属していなかったようです。創世神話は大地の豊饒を願う農耕民の神話で、ホルスは戦闘的な征服部族の神話でした。しかし部族が混合し民衆の人気がホルスに集まるようになると、宗教センターの司祭たちは、自分たちの神々がホルスに乗っ取られることを恐れ、ホルスを自分たちの神話にとり入れるようになります。また、ホルスを守護神とする部族も創世神話の一員となることを望んだのかもしれません。ホルスはオシリスとイシスの子となり、人間の家族のような親子関係が神々の体系のなかにもちこまれます。このようにして、オシリス神話は、一部族の神話から王家の神話へと、歴史の経過のなかで多変化を遂げていきました。

オシリスの神話を始めましょう。ヌト(天)ゲブ(地)は4人の子を産みます。セトオシリスの弟、イシスネフティスは妹です。オシリスはイシスと結婚します。オシリスは豊穣な農地の生産神であるのに対し、セトは不毛な砂漠の神でした。

オシリスはヌトから王位を引き継ぎ、地上の人びと全部から崇拝される賢明な王となります。弟のセトはこれをねたみ、王位を奪い取ろうと企みます。オシリスは定期的に、神々と音楽隊をつれて国内周り、国の安泰を祈る儀式を行っていました。留守のあいだ、イシスはオシリスの大臣トトの助けを借りて国を守ります。セトはイシスをたぶらかそうと言いよりますが、イシスは相手にしません。オシリスが巡回から帰ったある日のこと、セトはオシリスを宴会に招きます。冗談で兄に大きな立派な木の箱(柩)に入ってみるようにすすめ、兄が箱に入るや否や蓋を閉め、釘付けしナイル川に流してしまいます。

それを聞いた妻のイシスは、髪の毛を切り落とし、喪服に身を包み夫の遺体を取り戻す旅に出ます。多くの苦労ののち、やっと夫の遺体の入った箱を見つけます。セトに見つかるとどうなるか分かりません。密かに生まれ故郷のデルタに帰り、沼地のほとりに身を隠します。夫のオシリスは死んでいるのですが、自分の魔術で生き返らせることができるかもしれません。イシスは鳶に変身し、オシリスの上空を旋回します。やはりイシスは大魔法使いです。夫オシリスは死んでいるのに、オシリスの子を宿します。

セトも神通力をもっています。どうも様子がおかしいとジャッカルに変身し、沼地の辺りを探索していると、偶然にも兄の柩を発見します。このままではイシスの魔法の力で復活するかもしれません。遺体を14個に引き裂き、エジプト中にばらまきます。またしてもイシスは夫の遺体を探す旅に出ます。遺体の一部を発見するたびに、そこで葬儀儀礼をおこない供養塔を建てます。しかしこれはセトに遺体をそれぞれ違う場所に埋葬したと欺くためで、実際は遺体に防腐処理を施し集めて持ち帰ります。デルタの沼地に戻ったところで、セトにつかまり、投獄されてしまいます。幸い、密かに遺体を持ち帰ったこと、イシスがオシリスの子を妊娠していることを、セトに気づかれずに隠し通すことができました。

イシスはトトの助けで牢獄から逃げだします。彼女はホルスを無事に出産します。それから、隠しておいたオシリスをつなぎ合わせ、香油を塗り、復活の儀式を行うとオシリスは生き返ります。しかし、オシリスはすでに死者の世界に属していたのです。彼は王位を主張することもできたのですが、死者の地で冥界の国の王となることを選び、死後に生まれたホルスに地上の王位を託すのでした。

ある日イシスは子供のホルスを沼に残し外出していました。沼には結界(バリア)が張られ人間が入れないようにしてありました。しかしセトは毒蛇に変身し、結界を破って沼に侵入しホルスに咬みつきます。イシスが沼に帰ると、ホルスは毒蛇の猛毒で死にかかっています。彼女はトト神に助けを求めます。駆けつけたトトは、イシスが自分の力に気づいていないことに驚きます。トトは彼女に太陽の力が使えることを保証します。イシスが魔法の言葉をとなえると、太陽の舟が頭上に現れ停止し、光はホルスを照らし、あたりは闇に包まれます。トトはイシスに、ホルスが治るまでこの闇は続くと告げます。ホルスが死ねば、現在の世界は終わり、セトの支配する暗黒の悪の世界が始まる、とイシスは悟ります。太陽の強力な呪文はホルスの毒を取り除き、ホルスは復活します。

このあとホルスとセトの争いが始まるのですが詳細は省略します。その中で数学に関係した「ホルスの眼」の話だけをしておきましょう。この戦いの中、セトはホルスの片目をくりぬき、図2.4.2 のような6つの部分に引き裂きます。

ホルスの目

この6つの部分は、それぞれ次の分数を表します。

1 2, 1 4,1 8, 1 16, 1 32, 1 64, (1)

エジプト人は「エジプト分数」と呼ばれる特殊な分数を使っていましたが、その中で特に (1) の分数の和で表される数を2進分数といいます。 (1)の分数を全部足すと

1 2 + 1 4 + 1 8 + 1 16 + 1 32 + 1 64 = 63 64 (2)

となり 1 には少し足りません。「ホルスの眼は少し欠けていた」と冗談を言う人がいますが、1 よりも小さい数が 1 64 の精度で表現できれば実際の応用には十分です。現在の日常生活で使う長さの最小単位はミリメートルで、1 64ミリメートルは約 15ミクロンです。

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ホルスはズタズタにされた眼をトトに直してもらいます。ホルスは治った眼を、今は黄泉の国の王である父オシリスに渡します。このようにして、ホルスのよい眼は昼を照らす太陽となり、父に渡した眼は夜を照らす月となったといいます。「あれ、太陽の神ラアは?」などと疑問は持たないでください。この程度の齟齬はエジプト神話では問題になりません。

セトを追い出し、ホルスが王位を継ぐと世の中に正義と秩序が戻ってきます。イシスは魅力と威厳にあふれた女性としてもてはやされるようになります。そうなるとかえって、人間としての生活に飽きてきたのです。天上界に昇って星となり神々と共に暮らしたい、できればすべての女神の長となることはできないものか、と考えるようになったのです。神はみな、ひとりがいくつもの名前をもっていましたが、本当の名前は秘密にしていました。イシスは太陽神ラアからラアの秘密の名前を聞き出すことによってラアの地位を強奪しようと考えたのです。この世の中の物はすべてラアの創造物です。ラアが創ったものではラアを傷つけることはできません。最近ラアは年老いて、口からよだれを垂らしています。イシスはよだれがラアの創造物ではないことに気づきました。イシスはこっそりとラアのよだれを手に入れ、よだれと土をこねて毒蛇を作りました。翌朝、毒蛇をラアの毎日通る道に放つと、歩いてきたラアに毒蛇が飛びつき咬みつきました。ラアは七転八倒の苦しみです。おおぜいの神々が駆けつけますがどうすることもできません。しばらくしてから、イシスは何食わぬ顔で周りの神々に、何事が起きたのか、と聞きます。イシスはラアに駆け寄り、「あなたのお創りになったものがあなたを傷つけるようなことなどありえましょうか」と叫びます。イシスは医療の神として知られていました。「あなたの名前を教えてください。私の魔法であなたの生を呼びものしましょう」。ラアは次から次へと名前を告げるのですが、どれも「秘密の名前」ではありませんでした。イシスは、「真の名前をお知らせ願えないと、どうすることもできません」と告げます。するとラアは、直接イシスの心に語り掛けてきました。当時のエジプト人は、人間はではなく(つまり心臓)でものを考える、と思っていました。ですから「心から心に語り掛ける」とは、今でいうテレパシーのことです。

イシスは急いで息子ホルスを呼び寄せます。ラアはイシスとホルスの心に伝えます。「自分の名はお前たち2人以外の誰にも明かしてはならない。私の両眼はホルスに与えよう」。これを聞くと、イシスはラアから毒を除きます。

ホルスはファラオの守り神、あるいはホルスは王自身だと思われていました。この神話は、王であるホルスと太陽ラアとの強い結びつきを表しています。ホルスの両眼は太陽なのです。少し前のお話で、ホルスがセトの化けた毒蛇に咬まれて死にそうになったとき、世界は暗闇になったと述べました。ファラオが死ねばこの世の中は暗闇に閉ざされ、世界は崩壊し人々は死ぬことになるのです。ファラオはこの世界に対し、責任を持っているのです。ファラオは人間ですから死にますが、正体のホルスは不死です。どの古代文明(日本も含め)でも、太陽神の特徴は再生です。夜に死に朝よみがえる、あるいは冬に死んで春によみがえるのです。ですから太陽がいろいろな形で、いろいろな“役”として現れるのです。こう考えるとエジプト神話の矛盾も少し納得いくかもしれません。

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死者の書とアヌビス

エジプト人の死生観を知るために、もう一つお話を付け加えます。セトの妻は妹のネフティスです。夫のセトは不毛の砂漠の神なので、子供が生まれません。ネフティスが密かに思うのはもうひとりの兄オシリスです。ネフティスはオシリスとの間に子アヌビスをもうけましたが、夫セトを恐れデルタの沼にアヌビスを捨てます。イシスは神通力ですべてを知り、犬(ジャッカル)を連れて沼地を探しまわり、やっとのことで赤ん坊のアヌビスを見つけます。それ以後アヌビスはイシスの養子となり、イシスを助けます。イシスが各地を回って集めてきたオシリスの遺体を縫い合わせてミイラに仕立て、それをイシスがよみがえらせたのです。オシリスは最初のミイラであり、最初の葬儀であるということで、アヌビスはミイラ造りの神、葬祭儀礼の神とみなされています。

アヌビスはジャッカル神です。ジャッカルは西の砂漠に住むイヌ科の動物で、死肉を好んで食べます。エジプトも日本と同じで西方は死者の国とみなされていました。大ピラミッドのあるギザはナイル川の西岸にあり、アヌビス神が支配する死者の国でした。庶民にとって大きな関心事は死後のことです。人は死ぬとオシリスが治める黄泉の国にいきます。そこには絶対的真理と平衡をあらわす大きな天秤が置かれています。この秤こそマアト神です。秤の一方の皿には死者の心臓が、もう一方の皿にはマアトの小さな像か、あるいはマアトの象徴であるダチョウの羽が載せられます。天秤が釣り合えば死者は永遠の生命を得ることができますが、釣り合わないと魔物に食べられてしまいます。図2.4.3図で、天秤を計っているのはアヌビスで、記録をとっているのは書記のトトです。

死者の書

オシリス神話は民間伝承から王家の神話に変貌したといわれています。しかしこの神話を熱心に聞いたのは一般の民衆だったように思われます。イシスはけなげにも必死なって夫の遺体を探し、セトの誘惑をはねのけます。また息子をセトの魔の手から守り、王位の継承権を勝ち取ります。このイシスの妻としての態度、母としてのふるまいが大衆の共感を生んだのだと思います。イシスに対する人気は古代エジプト史全部を通じて、ローマ時代になっても続くのです。オシリス神話は、オシリスの王としての権威を高めるために造られたものだといわれていますが、結果としてファラオをホルスに結びつけ、ファラオの神性を高めることになったようです。

動物信仰とエジプト

エジプト神話には、サルとか鳥とか犬などの動物信仰が見られます。ヨーロッパの人びとは、以前はこれを原始的な遅れた宗教とみていました。これはキリスト教と非キリスト教の対立から来るもので、最近ではこういった見方は反省されているようです。日本の昔話にも、かつて動物信仰があった形跡が残っています。「浦島太郎」のお話を見てみましょう。この物語には固有名詞が出てきません。“浦島太郎”は「島の裏側に住んでいる長男」という意味で、“乙姫”はもともとは“弟姫”と書いて、「長女ではない姫様」という意味です。乙姫の父は龍神さま、つまりヘビの神様です。なぜ兄姫ではなく弟姫かというと、兄姫はあまりにも熱心に仏教に帰依したため男になってしまったからです。男尊女卑だんそんじょひですね。太郎は乙姫様に見初められ、天上界に入ります(“逆玉の輿”といって日本の昔話には多いようです)。手箱というのは女性の化粧道具が入っているプライベートな持ち物で、“玉”は“美しい”という意味です。乙姫は亀の化身でした。あるとき手箱の中で亀に戻って休んでいるのを太郎に見つかってしまいます。乙姫は怒って太郎を地上界に送り返してしまったのです。昔は、蛇神、大神おおかみ(犬神)などいろいろな動物神がいたようですが、しだいに地位が落ちてきて、とうとう神様扱いされなくなったようです。

この話でも分かるように日本でも、昔は自分の名前を秘密にしていたようです。これは、名前を知られると呪われるからです。とくに女性は結婚した夫にしか明かさなかったようです。和歌などの詠み手に固有名詞が現れないのはこのためで、一般に言われているように、女性の地位が低かったためではないようです。今でも日本人は人を示すのに、社長、先生、おねえさん、お母さん、…などと言って、固有名詞をあまり使いません。

ファラオの神性とピラミッド

オシリス信仰が盛んになったのは中王国時代以降のことで、古王国時代(ピラミッド時代)ではオシリスはまだあまり重要な神ではなかったようです。古王国時代の初めに戻って、もう一度神話を見てみましょう。古代社会では、人口が多ければ多いほどグループの威力は増します。創世神話は、王族たちだけのものではなく、その地域全体から信者を集めるためのものでした。戦闘に勝つためにはグループの結束力が必要であり、そのためには王のカリスマ性を高める必要がありました。ギザに大ピラミッドが造られるようになると王のカリスマ性は最高になります。しかし同時に神話も変化してきます。おおぜいの神が我々人間と同じように結婚したり、争ったりします。王や神官たちは外から隔離され壁に囲まれた空間で宗教的な秘儀を行うようになります。第5王朝になると、ピラミッドの内部の玄室などに、ピラミッド・テキストと呼ばれる宗教文書が書かれるようになります。これらの書は古い宗教書からの抜粋のようで、主題は王の永遠の生です。多くの人に公表するような文ではなく、王が天に昇って神になることを願う個人的な呪文でした。王自身も自分には神になる資格があると訴え、呪文を唱えなければならないと思うようになっていたのです。「生きているファラオは神の化身ではなく、死んでから神になる」と変化したのです。ファラオの神性は弱まり、ピラミッド本体よりはそれを取り巻く葬祭施設やそこで行う葬祭儀礼の方に重点が移ってピラミッド本体のほうは作りが雑になっていきました。

この節ではエジプトの『オシリス神話』を軸に、古代エジプトの人々の信仰や死生観について述べました。ピラミッドとはどういう存在であったかを正確にとらえながら、すこしずつピラミッドの謎に隠されている数の謎の秘密にせまっていきましょう。

次回は『2-5.宇宙観とピラミッド』

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