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Chapter 1:ピラミッドの秘密

1-4.メートル法とピラミッド

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『ピラミッドの謎』に関する様々な見解

19世紀になると、科学技術におけるヨーロッパの優位性は疑いようもないものとなります。ヨーロッパの人たちは、ヨーロッパは先進国、エジプトやアジアは未開な後進国と見るようになります。エジプトの魔術、占星術、秘儀、錬金術、数神秘主義、迷信などは、しだいに「科学の敵」としての役割を演じるようになり、神話や伝承は非科学的なものとして見向きもされなくなります。

1798年、フランス革命の英雄ナポレオンはエジプト遠征を企てます。フランス軍は大砲などの近代兵器でイスラーム軍を壊滅させます。ナポレオンは画家や科学者など総勢175人もの専門家を引き連れピラミッドなどの調査をさせました。そのなかには有名な数学者も含まれていました。画家が描いた当時のピラミッドなどの風景は以後のエジプト学の研究に大きく貢献しました。このときも、大ピラミッドの方位や大きさの計測を行っています。

同行した中にジョマールという測量技師がいました。ジョマールは、古代のエジプト人が地球の周長を知っていたという伝説の証拠を得ようと考えました。ジョマールは150人ものトルコ人労働者を雇い、ピラミッドの底辺に積もった石くずを取り除き、それまでの誰よりも正確に底辺の長さを計測することに成功しました。しかし、ジョマールは得た結果を30年近く公表しませんでした。1829年になってようやく2冊の本を出版したときは、ヨーロッパの人々のエジプト熱は冷めてしまい、再びギリシア称賛の時代に入っていて、誰もこの結果に注目しようとはしませんでした。

ピラミッドの謎円周率の謎はいつ頃から言われ始めたのでしょうか。文献に最初に現れるのは、ジョン・テーラー(テイラー)という人のようです。テイラーは50歳を過ぎてからグリーブスの本を読み、大ピラミッドについて調べ始めました。エジプトを訪れたことはありませんが、80歳になったとき、『大ピラミッドは誰がいつ建てたか』という本を出版しました。1859年のことです。その本の中で、「大ピラミッドの底面の周長を高さの2倍で割ると 3.144 となる。これは円周率 π にきわめて近い」と書いています。また彼はこの本の中で、「ピラミッドの建設者は高度な数学を有しており、円周率の極めて正確な値を知っていた」と、ピラミッドを称賛しています。19世紀になると、ヨーロッパの人たちのエジプトやアジアに対する評価は低くなっていましたが、これはどういうわけでしょうか。

テイラーは熱烈なキリスト教徒でした。旧約聖書には、アブラハムの子孫であるイスラエルの民は、むかしエジプトで働いていたと書いてあります。その後、モーゼに率いられてエジプトを脱出する話は、映画にもなり有名ですから、ご存知の方も多いと思います。テイラーは

吹き出し男性イメージ

ピラミッドを建設したのはその時のアブラハムの子孫であり、その有力な氏族の一つがイギリスに渡ってきた。したがって、イギリス人はアブラハムの直系の末裔である

と主張したのです。その証拠として、古代エジプトで使っていた1腕尺キュビットは(ニュートンが言っているように) 25イギリス・インチであり、イギリスの尺度は古代エジプトの尺度を継承したものだと述べています。この25インチという数値は、実際の 1 腕尺 キュビット = 20.63インチ とは開きがありますし、25インチ = 63.5 cm は前腕の長さとしては長すぎます。

テイラーは、彼の主張する 1 腕尺 キュビット = 25インチ は、ノアが神から啓示を受けたように、神から授かった“聖なるキュビット”であり、神は地球の半径を基準にこの聖なるキュビットを定めたと主張したのです。しかし彼の主張に当時の人の多くは耳を傾けようとはしませんでした。彼は、英国で最も権威のある英国学士院は、テイラーのピラミッドについての講演の申し出を丁重に断っています。

前回『1-3.ピラミッドの謎に魅かれた人たち』ピラミッドの謎ではたびたび「ヘロドトス文書」が引用されると述べました。どうやらそのおおもとはテイラーにあるようです。ヘロドトスは『歴史』のなかで、大ピラミッドについて次のように述べています。

ヘロドトス吹き出し

その底面は正方形をしており、各辺の長さは8プレトロンで、高さも同じ

テイラーはこれを、「それは正方形をしており、各辺の長さは800フィートで、高さも同じ」と訳しています。プレトロンは長さの単位で、彼は 1プレトロン=100フィートとしています。ここにも少し問題がありますが、これはそれほど大きな誤りではありません。問題は、もとのヘロドトスの文書で、「底面の1辺の長さ=高さ」としていることです。これはあきらかに間違いです。これだと、テイラーが主張するように「周長を高さの2倍で割ったもの = 4」となり円周率にはなりません。1プレトロン = 29.6メートル という説が有力なので、これで計算してみましょう。

8プレトロン = 8×29.6メートル = 236.8 メートル(1)

236.8m は、『1-1.ピラミッドの謎とは』 で述べた大ピラミッドの高さの実測値 146.6m とかけ離れていますが、ほぼ1辺の長さと一致しています。ヘロドトスは底辺の長さについてはほぼ正確に述べていますが、高さについてはおそらく同じくらいだろうとしか言っていないのです。底辺の長さは実際に測ってみることができますが、ピラミッドの高さは数学の知識がなければ計算できません。それにヘロドトスは紀行文を書いているわけで、正確な数値を述べる必要があるとは考えていなかったのでしょう。 (1)の 236.8 を黄金率 φ = 1.618 で割ってみます。

236.8 ÷ 1.618 = 146.35 (2)

これはすぐ上で述べた大ピラミッドの高さの実測値 146.6m とほとんど同じではありませんか。実をいうと、上の式の 236.8 は実際の1辺の長さ230.37 とは値が少し違うのです。ですからこれは単に計測値の誤りで「黄金比の謎」とは関係ありません。「ピラミッドの謎」にはこのように、計測値の誤差、古代の単位の長さが一定していないこと、古代の文献の改竄などが含まれていますから注意が必要です。都合のいい値を適当に選んで計算すると、このように“不思議な一致”が得られることが多いのです。

テイラーの著作に影響を受けて大ピラミッドの調査に乗り出した人にピアジ・スミスがいます。スミスはスコットランド王立天文学研究所の天文学者で数学者です。スミスは死期の迫ったテイラーと文通を交わし、テイラーの死後エジプトへ出かける決心をします。スミスが妻を連れてエジプトに向かったのは、グリーブスが大ピラミッドの調査をしてから200年以上も後の1864年のことです。今回の調査でも当時の最新鋭の測量機器を用い計測しました。計測結果はさらに精確なものとなりましたが、結論は変わりませんでした。スミスは帰国すると3冊の著作を発表し、その中で次のように述べています。

男性吹き出しイメージ

古代エジプトでは、ギリシア文明が成立する1500年も前に、驚くほど正確な建造物を建てていた。これは驚くべき高度な天文物理と地球物理がすでに存在していたことを示すものである

もちろんテイラーの説を追試し「高さと底面の周長の比率が、円の半径と円周の比率と一致するように設計されている」ことを確認しています。これはテイラーが出した 3.144 よりもさらにπに近い値でした。

スミステイラーの説を受け入れ、「ピラミッドは地球の縮約模型」であり、「ピラミッドの底面の周長は太陽年の日数となっている」と主張しました。この研究成果にエディンバラ学士院が金メダルを授与しています。しかし、しばらくするとこの説に疑念の声があがり始めます。スミスが調査結果をまとめ著書として発表した時には、まともな反論も明確な理由も示されないまま、冷笑と無視の対象となってしまいました。

古代エジプトの単位系からみるピラミッド

現在の皆さんは長さの単位メートルを絶対的なものと信じていると思います。しかし、“長さとは一体何か”ということを考えたことがありますか。私たちは考える必要がないことは考えないものなのです。古代エジプトでは、ファラオが決めた 腕尺キュビットで十分でした。時代が変われば1 腕尺キュビットの長さも変わりますが、一定の期間であればエジプト全体のどこでも同じ 腕尺キュビット でした。ですから、ピラミッドを長さの基準にする必要などなかったのです。これは、「エジプト人が地球の周長を測る能力がなかった」ということを意味するものではありません。

一方、ヨーロッパでは昔から多くの民族が混在していて、度量衡どりょうこうが統一されていませんでした。特にフランスでは、単位の名称だけで800以上あり、さらに町や村ごとに単位の大きさが異なっていたので、長さだけでも数万あったとされています。フランスがメートル法を制定し義務付けるようになったのはやっと19世紀になってからのことで、それまで長い間 紆余曲折うよきょくせつがありました。古くから地球の周長を長さの基準とすべきだという意見がありましたが、18世紀のフランスの科学アカデミーの会員たちは、その根拠として「古代では長さの基準は地球の周長であり、それはギリシアの哲学者アリストテレスの意見が元になっている」 と述べています。

上で述べたようにピアジ・スミスは、1860年代後半に大ピラミッドについての著作を次々に出版します。これは、イギリスがメートル法を導入しようとする動きを必死になってやめさせようとしたからです。

男性吹き出し

イギリスのインチは、エジプトのピラミッドを設計した神が与えた由緒ある単位であり、世界がこれまで見たものの中で最も野蛮で最も血に飢えた革命政府フランスが定めた、無神論的なメートルよりも当然すぐれている

イギリスとフランスは、常に対立していました。現在でもイギリスとアメリカはメートル法以外の単位系が日常的によく使われています。

古代のエジプト人は「地球の周長を長さの基準とする動機」を持っていなかっただろうと思いますが、イギリスとフランスには強い動機がありました。イギリスやフランスではメートル法の設定に絡んで大ピラミッドがたびたび現れます。これがどのようなものかを見てみましょう。そこで用いられていたデータは、当時の測定技術で得られたもので値がまちまちですからデータは現在のものを用いることにします。使用するデータは次のものだけです。

地球の周長= 40000km,
大ピラミッドの1辺= 230.56m (3)

1インチ = 2.54cm, 1腕尺キュビット= 52.4cm (4)

簡単な計算問題ですから、皆さんも電卓などを使って計算してみてください。

まず、イギリスの当時の最高の数学者ハーシェルの意見から。英国陸地測量部は地球の直径を約5億50万インチと測定しました。これを検証してみましょう。地球の直径を R メートルとすると、

πR =40,000,000 より R = 40000000 π = 12732395.45 (5)

1メートル = 100 2.54 インチだから、

R メートル = 12732395.45 ×100 2.54 = 501275411.3 ≒ 500,500,000 インチ(6)

最後の ≒ は少し苦しいですが、地球の直径が5億インチであるという英国の測量結果は当時としては非常に正確です。

ハーシェルは、現在のインチを千分の1だけ長くするとちょうど5億インチになると主張しました。実際は千分の1 ではなく、1 500  ですが、これだけ長くしても実質的にはほとんど何の影響もありません。つまり、現在のインチを約 1 500  だけ長くすれば地球の直径が5億インチになります。そこで、新しくヤードとキュビットと次のように定めます。

1ヤード = 50インチ、 1キュビット =1 2ヤード = 25インチ(7)

このヤードキュビットはハーシェルが定義した新しい単位です。このキュビットはエジプトの「1 腕尺キュビット= 25インチ」説を採ったものとなっています。この説は誤ったデータから導かれたもので、実際は1 腕尺キュビット= 20.63インチです。つまり、これは地球尺度の謎の謎が成り立つようにキュビットを定めたにすぎません。英国陸地測量部の出した「地球の直径=約5億インチ」はきれいな結果ですが、これには深い意味などありません。インチは「身体尺」の一つ、「指の幅」を基準にしたもので、地球とは関係がありません。また、ここでは「地球の周長」が「地球の直径」に置き換わっていますが、このように、後で数値に意味を割り当てても説得力はありません。

次に、ナポレオンに同行した測量技師ジョマールの説を検討しましょう。ジョマールの説はいたって簡単で「大ピラミッドの1辺の長さは、1緯度の480分の1」というもので、『1-1.ピラミッドの謎とは』 で紹介した説です。この説はメートルとかインチといった単位には関係なく、単に計算すれば分かります。1緯度は地球の周長の 360分の 1 ですから、

1緯度 480  =1 480   × 地球の周長 360  40,000,000 480×360  (8) = 231.481

この値 231.48m は実際のピラミッドの実測値 230.56m とわりと近い値です。ジョマールの説は値としては正しそうです。しかし、ここにはいろいろ検討することがあります。まずはピラミッド建設時代に円が360度であるということ知っていたか、地球が球体であることを知っていたか、緯度という概念を知っていたか、などがあります。さらになぜ 480なのかという理由も分かりません。なぜ480 にしたのでしょうか、切りのよい500でよかったはずです。

最後にテイラーの説にまいりましょう。テイラーはイギリスのインチにこだわっています。テイラーが用いたデータは(実は間違っていたのですが)ニュートンが予測した

1腕尺キュビット= 約63センチ = 約25インチ(9)

のようです。テイラーが得た結果は

底面の1辺 = 366腕尺キュビット、  底面の周長= 366×100インチ (10)

です。366は1年の日数(1年=365.2422日の小数を切り上げた数)を表します。実際に計算してみましょう。

230.56 ÷ 0.63 = 365.968 ≒ 366 (11)

366×4 腕尺 キュビット ≒ 366×100 インチ(12)

(366という数に意味を持たせれば)これらの関係式は美しい式です。しかし前提となる 1 腕尺 キュビット = 約63センチ が間違っているのですから議論の対象にすらなりません。

この節の結果をまとめましょう。近世になって「大ピラミッドは地球の周長が基準となった」という説がいくつか出てきましたが、この説にはどれも説得力のある根拠が示されていませんでした。また、この伝承に関する記述にはピタゴラスやアリストテレスの名前は出てきますが、エラトステネスの名前は見当たりません。「円周率の謎」や「黄金比の謎」も近世になってから言われだしたもののようです。これらの2つの謎も、クフ王の大ピラミッドに対して成立するというデータを示しただけで、それ以上の議論はなさそうです。いくらありそうもないことでも、偶然そうなったということはあるものです。しかし、伝承にはときどき真実が含まれていることがあります。これらの謎についてはChapter5で議論しましょう。

次回は 『1-5.エジプト評価の移り変わり』  

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