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1. たばね法

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数の表現方法

皆さんは子供のころから数に慣れ親しんでいますから、 数はもともとこの世界に存在しているもの と考えていると思います。現在の私たちは数を10進数で表していますが、実はこの記数法にたどりつくまでに人類はとても長い年月を費やしています。現在のコンピュータは2進数を使っていますし、バビロニアでは60進数を使っていました。数なんか簡単だと思っている人が、2進数とか60進数に出会うと、途端に難しく感じることがあります。これはなぜでしょうか。

10進数、2進数、60進数というのは数の種類ではなく、数の表現方法のことです。英語で one, two, three と言っても、日本語で 一、二、三 と言っても同じ数を表すのと同じです。本当は、10進表現、2進表現、60進表現というべきなのですが、慣例に従うことにします。皆さんは、「10進数を知っているから、いまさら2進数や60進数を覚える必要はない」と思われるかもしれません。しかし、10進数以外の表現を知った方が、数に対してより深い理解が得られると思います。日本以外の国を知った方が日本をより深く理解できるのと同じです。

本連載では数学の表現方法のひとつとして「」をよく使います。数学を習い始めるときの障害の一つは「式」のようです。なぜ日本語という言葉があるのにわざわざ「式」を使うのでしょう。古代の人は「式」を使わずすべて言葉で表現してきました。本連載を通して、式とか数の表現方法がいかに思考を助けるかを見ていきたいと思います。

数といえば10進数?

17世紀に入ってヨーロッパが科学革命を成し遂げ、世界に抜きんでて科学が進歩した主な理由の一つは10進数のおかげだといわれています。しかしヨーロッパの人々は近世になるまで分数小数負の数も知りませんでした。また数はローマ数字を使って表していました。現在私たちが使っている、アラビア数字 0, 1, …,9 を使った10進数をヨーロッパの人が使うようになったのは、バビロニアで60進数が発明されてから、なんと4000年も後の 15世紀になってからです。

10進数を修得するまでに、なぜこのように長い時間がかかったのでしょうか。心理学には“深層心理”というものがあります。私たちの記憶にも、このような“深層的”なものと“表層的”なものがあるような気がします。子供のころに学んだことがらは深層的で、一度身についてしまうと、とても頑固でなかなか変更ができません。一方大人になってから学んだことは表層的で、論理的に納得できれば簡単に変更できます。ヨーロッパの人たちはアラビア数字の10進数の存在12世紀には知っていたにもかかわらず、それを受け入れるようになるまでに300年という年月を必要としました(10世紀の修道院の写本の中にアラビア数字が出てきますが、実際に使われるようになったのは15世紀以降です)。これは、ローマ数字がヨーロッパの文化の基底に頑固に根づいていたためではないかと思います。現在の私たちも同様に、「数とは10進数」ということが身についてしまっているので、2進数とか60進数を理解するのが難しいのかもしれません。以下では古代人に戻って私たち人類がどのようにという概念を獲得していったかを見てみましょう。

古代の長さ、身体尺とは

最初は「数」は数えるものを修飾する形容詞でした。例えば、三人( three men ) の三( three ) は名詞の人( men ) を修飾しています。ずっと後になって、三( three ) は単独に名詞として使われるようになります。日本語の場合、”人”は、匹、頭、本、… などと同様、助数詞として数えられるものの種類を表します。古代では長さは 身体尺 といって とか (てのひら) で長さを表しました。日本では 、掌 は「1尺」を表し、指 は 「1寸」を表します。したがって、

身体尺

となります。このように、寸とか尺は「指幅」とか「手の幅」という意味を失って、長さの単位として用いられるようになります。

現在の物理では、「 数+単位名 」を「」として扱っています。例えば次は量です。

10グラム、3.5メートル、100リットル

古代では、長さ、重さ、貨幣、… などの大きさを「数+名詞」で表しましたが、この名詞はまだ ものの名前 であり単位名として確立してはいませんでした。以下では角度や貨幣も量として扱います。

23度05分12秒、 23ドル45セント

古代では「数+名詞」において、数は名詞との結びつきが強く、まだ「数」として自立していなかったのです。

イギリスの貨幣単位で「量」を考える

日本では量を表すのにずいぶん前から10進法が取り入れられています。これは中国から学びました。しかしヨーロッパで量を表すのに10進法が取り入れられたのは最近のことです。バビロニアの単位系はなじみがないと思いますし複雑なので、ここではイギリスの貨幣単位で説明しましょう。イギリスでは、20世紀まで次のような貨幣単位を使っていました。10進法に変わったのはなんと 1971年のことです。

たばね法:イギリスの貨幣系

1ファージングが4個で1ペニー、1ペニーが12個で1シリング、1シリングが20個で1ポンドとなります。ペンスはペニーの複数形です。

貨幣は「」として扱います。量として許される計算は足し算、引き算、自然数倍、割り算だけです。a と b を量、n を自然数とするとき、a のn倍は aをn個足すこと、a÷b は a から b が何回引けるかを計算します。今回は足し算について考えてみましょう。計算には計算玉が使われました。計算玉カルクリといい、小石を意味するラテン語の calculus からきています。計算玉(カルクリ)は造幣局が作っていました。

こんな貨幣制度では、国の税金とか大きな商社の会計はさぞかし計算が大変だったと思いませんか。実はそれほどでもなかったようなのです。計算はアバクス(アバカス)と呼ばれる板の上に計算玉を置いて行なわれました。アバクスはよく算盤と訳されますが、日本語で算盤は通例「そろばん」と読みます。そろばんは中国から伝わったものですが、中国でも算盤(スアンパン)というので、ここでは「そろばん」よりもう少し一般的な意味で(けい)算盤(さんばん)と呼ぶことにします。計算盤)にはいろいろなものがありますが、中世ヨーロッパの貴族が使っていたものは、豪華な机と一体となった計算机で、表面に枠が引かれており、枠で仕切られたます目に計算玉を置いて計算しました。当時計算盤は広く使用されており、たいていの貴族の家にはあったようですが、現在ほとんど残っていません。日本でも最近ほとんどそろばんを見かけません。ヨーロッパでは、15世紀に入ると活版印刷が発明され多くの文書が残されるようになります。計算盤に関する記述は少ないのですが、どのように計算したか類推できるようになりました。しかしやはり、こういった「やり方」のような技術は口伝で伝えられるものが多く、詳細は類推の域を出ません。

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計算盤を使った足し算

では、計算盤を使って足し算を行なってみましょう。計算は実際に手を動かしてやってみることが大切ですが、簡単なのでまずは頭の中で追いかけてみてください。次の図のような計算盤を用意します。

計算盤:アバカス

この計算盤は2つの領域に分けられ、左の領域には、1ポンド3シリング8ペンス3ファージングが、右の領域には5シリング7ペンス3ファージングがセットされています。右の領域にある計算玉を左に移します。つまり右が足す数で、左が足される数です。
まず一番下のファージングの足し算をします。ファージングの計算玉を右から左に1個移すと、左の枠は4個で一杯になります。この4つの計算玉を除いて、上のペニーの枠に計算玉を1個加えます。右に残った2ファージングの計算玉を左のファージングの枠に移します。
次はペニーの足し算をします。左のペニーの枠はまだ3個分の空きがあるので、右から3個移し、枠がいっぱいになったのでペニーの枠を空にし、上のシリングの枠に一個加えます。空になった左のペニーの枠に、右に残った4個の計算玉を移します。
最後に右のシリングの枠にある5個の計算玉を左のシリングの枠に移せば計算が終わりです。
この計算盤を使った足し算は以下の動画でもご確認いただけます。

ここで紹介したイギリスの貨幣単位系は、ファージングを4つ(たば)ねると1ペニーになり、1ペニーを12個束ねると1シリングとなり、1シリングを20個束ねると1ポンドとなります。このようにある単位をいくつか集めて一つ上の単位にする方法を 束ね法(たばね法) と呼びます。また、n個束ねる方法を n束法 と呼ぶことにします。イギリスの貨幣系は、4束法、12束法、20束法の複合体系となっています。束ねる数がすべて同じなら、たとえばn個とすると、「 n進法 」となります。

記数法と命数法

やがて数は修飾する名詞から切り離され、単独で意味を持つようになります。おそらくこれには文字(記号)の力が働いたのだと思います。例えば石器人の線刻のように線を三本刻むとか、メソポタミアのトークンのように小石を3つ並べると、“3”という概念が具体的にイメージできます。

|||     〇〇〇      3  

『数の発明』の〔 10.シュメールの小石 :トークン 〕に述べたように、文字が現れる前に数字が現れました。 数を文字(記号)を使って表現する方法 記数法 数を言葉で表現する方法 命数法と言います。言葉と文字が一緒になって発展したように、数も記数法や命数法と共に発展してきたと思います。記数法は次回述べることとし、ここでは命数法(話し言葉による数の表現)について考えましょう。

数を表す日本語

日本語の 1, 2, 3, … には次のように二通りの読み型があります

, フ, ミー, ヨー, イッ, ムー, ナナ, ヤ, ココノ, ト(ソ)       ( 1 )

イチ、ニ、サン、シ、ゴ、ロク、ヒチ、ハチ、キュウ、ジュウ        ( 2 )

( 1 )の読み方は古く(大和(やまと)言葉(ことば))で、名詞を修飾するのが普通の用法でしたが、数詞の後に“つ”をつけて、一つ、二つ、三つ、と名詞として用いられるようになります。

一人(ひとり)二日(ふつか)三月(みつき)百貨(ひゃっか)千島(ちしま)八百屋(やおや)

一方 ( 2 )は新しく、これらは数を表す名詞とみなすことができ、算用数字で表すことができます。

1匹(いっぴき)2週間(にしゅうかん)3月(さんがつ)、365日

ついでに10の台は古い言い方では

20     30      40      50       70      80      90      100

ハタチ, ミ-ソ-. ヨ-ソ-, イ-ソ-, ナナ-ソ-, ヤ-ソ-, ココノ-ソ-, モモ- (ホ)

といい、千は チ、万は ヨロズ と言います。

数を表す英語

次に英語を見てみましょう。71 は seventy-one、72 は seventy-two ですが、ty は ten の短縮形で seventy は 10 が 7個で 70 という意味で、seventy-one は「10 が7つと1個」という意味で、規則的になっています。20, 30 も twenty, thirty も規則的と言っていいでしょう。ところが 11, 12, 13, 14, … は

eleven, twelve, thirteen, fourteen, …

であり、onety-one, onety-two, onety-three, onety-four, … と規則に外れています。日常よく使う語は規則に外れることが多いようです。特に eleven と twelve が規則に外れているのは、ヨーロッパの数が12束法を引きずっているからではないかと思われます。

20束法は最近はあまり目にしませんが古い英語にはときどき現れます。英語の辞書で score を引いてみてください。「刻み目」が原義、「羊飼いが20頭ごとに棒に切れ目をつけたことから」とあります。つまり score は線刻の一束(ひとたば)が由来となっています。リンカーンのゲティスバーグ演説の冒頭の「four score and seven years (87年前)」や、聖書の「three score years and ten (70年:人間の寿命)」 は 20束法です。フランス語では、80は quatre-vingts(20の4倍)、90は quatre-vingts-dix (20の4倍と10)といいます。ちなみに日本語ではスコアは 20の意味はなく単なる競技の点数を意味します。

現代の日本ではこのような数の古い言い回しはもう使われていません。英語でこういった表現が残っているのは、ヨーロッパで最近まで使われていた数字がローマ数字であり、書き言葉(記数法)と話し言葉(命数法)とが大きく乖離(かいり)していたからだと思います。

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