5. 記数法の変換

『バビロニアの数』は全17記事からなるWeb連載です。

数学における問題の多くは「ある表現をそれと等価な表現に変換する」問題に分類されます。これには「式の変形」などの計算能力が必要です。数学には論理的思考力も必要ですが、計算も必要です。計算能力を高めるには練習が必要です。ここでは、これまで述べてきた数の表現について復習し、 ある表現を別の等しい表現に変換する方法(記数法の を学びましょう。

記数法:位取り方式と位名方式

前回のお話では60進数について述べましたが、2進数、10進数、60進数、… というのは 数の種類を言っているのではありません数の表現方法のことを言っているのです。自然数、有理数、実数、負の数、… などは数の種類ですが、小数とか分数は数の表現方法です。例えば0.25 と 1/4 は同じ有理数の異なる表現です。本当は、「10進数」という言い方は誤解を招きやすいので、「10進表現」に直した方がよいと思うのですが、「10進数」という言い方が定着しているので慣例に従うことにします。

“量”はいろいろな意味で使われていますが、本連載では量とは「数+単位名」のこととします。現在では、たとえば 3.5グラム とか  3/4メートル などという表現もありますが、以下本連載では量は「自然数+単位名」に限ることにします。また次のように同じ種類の量なら並置してもかまいません。

2(けん)3尺7寸、 5升3合、 7両2匁

ここで、間と尺と寸は長さの単位で、升と合は容量の単位、量と匁は重さの単位です。古代では貨幣単位は重さの単位と同じことが多かったので、貨幣も量として扱います。

量表現と似た数の表現方法に〔 3.位取り方式 〕で述べた「(くらい)名方式」があります。この記数法は中国から来たのですが、算用数字に劣らず便利な記法であり、場合によっては算用数字よりも優れた点もあります。たとえば算用数字の 325,000,000,000,000円 は

325兆円、      3百2十5兆円、      三百二十五兆円

といろいろな表現ができますが、どれもひと目でどのくらいの大きさかはっきり分かります。記法にとって重要なのは、書きやすさだけでなく読みやすさとか、話されたときに聞き取りやすさもあると思います。位名は上で上げたもの以外に次のものがあります。

キロ=103,       メガ=106,       ギガ=109,       テラ=1012

位名は、キロメートル、キログラム、… などと単位名と組み合わせて使用できますが、扱い方は位名と同様です。

3.位取り方式 〕で述べたように、各位名には位数(いすう)と呼ばれる数値が割り当てられています。たとえば、億、万、千、百、十 にはそれぞれ 108, 104, 103, 102,10 が割り当てられます。したがって

2百3十億5千6十万円
= (2×102+3×10)×108 + (5×103+6×102)×104
= 23,050,600,000 円

となります。

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記数法:単進表現

私たちは、「数とは10進数だ」という呪縛にとらわれているので、3万年前の石器人の時代に戻って考えてみましょう。〔 1. たばね法 〕で述べたように、数の表現は線刻から始まります。線刻のことをタリー (tally) といいますが、英語の tally は“計算”とか“勘定”という意味があります。またtally はラテン語のtalea(タレア)「小枝」から来ています。1本の線刻を記号 | で表すことにしましょう。自然数 n は | をn本並べて示します。例えば 7 は

| | | | | | |

と表します。このような表現を単進数、あるいは単進表現といいます。もちろん単進数はとても効率の悪い表現ですから、単なる概念上のものと考えてください。

イギリスの貨幣の両替で単進表現をイメージしてみよう

1. たばね法 〕で述べたイギリスの貨幣制度をもう一度考えましょう。

1ポンド=20シリング、1シリング=12ペンス、1ペニー=4ファージング

記数法の変換:イギリスの貨幣制度

ポンド、シリング、ペンスは位名と見ることができ、それぞれ位数 20, 12, 4 を持ちます。最小の単位ファージングの位数は 1 とします。量における単進表現とは、量のすべての単位を最小の単位で表すことです。イギリスの貨幣制度の場合は、すべての貨幣をファージングに両替することになります。たとえば

2ポンド 3シリング 3ペンス 2ファージング

を単進表現に変換しましょう。まず、2ポンドをシリングに変え、次にシリングをペンスに変え、最後にペンスをファージングに変えます。ポンドやシリングなどを数と同じような記号として扱っています。

2ポンド = 2×(1ポンド) = 2×20シリング =40シリング
40シリング+3シリング = 43シリング = 43×(12ペンス) = 516ペンス
516ペンス+3ペンス = 519ペンス = 519×(4ファージング)= 2076ファージング
2076ファージング+2ファージング=2078ファージング

このように両替を行うと、2ポンド3シリング 3ペンス2ファージングは2078 個のファージング硬貨に変換されました。一般には次の公式で単進表現に変換されます。

aポンド bシリング cペンス dファージング
= { (a×20 + b)×12 + c } ×4 + d ファージング

逆の変換を考えましょう。どんな金額もファージングは高々3個、ペニーは高々11個、シリングは高々19個と制限できます。このように制限された表現を 最簡形と呼ぶことにし、任意の金額を最簡形に変換することを考えます。2078ファージングが与えられたとします。この山から4ファージングを取り、1ペニーに置き換えます。この操作を何回も繰り返せば求めるペンスが得られますが、引き算の繰り返しは割り算で実行できます。

2078 ÷ 4 = 519 余り 2

ですから

2078ファージング = 519ペンス2ファージング

となります。こんどは519ペンスをシリングに変換します。

519 ÷ 12 = 43 余り 3,    519ペンス=43シリング3ペンス
   43 ÷ 20 = 2 余り3,     43シリング=2ポンド3シリング

となり

2ポンド3シリング3ペンス2ファージング

が得られました。

量を表す単位には非常に多くのものがあります。私たちは新しい単位に出会うとまずその意味を覚えます。たとえば上で述べた日本の長さを表す の場合、「寸は指の幅の長さ」、「尺は10本の指の幅、つまり両手の幅」というように。しかし、意味を忘れ形式だけで計算すると、脳の負担がとても軽減されます。本連載でも多くの単位を扱いますが、これらについては、 何を表す単位か ということと、位数((たば)ねの数)だけに注意し、あとは単なる記号だと考えることができます。たとえば、ポンド、シリング、ペンス、ファージングについては、これが「英国の貨幣単位」であることと位数が、それぞれ 20、12、4、1 であることが分かれば十分です。

割り算の原理

自然数の割り算が出てきましたから、ここで割り算について復習しておきましょう。次を 割り算の原理 と呼びます。これは古代数学ではなく現代の数学です。  

〔割り算の原理〕
任意の自然数 a と b に対し、次を満たす非負整数 q と r が存在する。
    a = qb + r , 0 ≤ r < b      ( 1 )
また、このような q と r は a と b より一意的に定まる。

ここで、非負整数とは 0 と自然数のことです。つまり、q と r が 0 の値を取ることを許しているのです。このことからも数学には 0 が必要なことがわかると思います。たとえば a < b のときは、q=0, r=a となります。
q を、a を b で割った、r を余りと言います。式 (1) の代わりに、以下では

a ÷ b = q 余り r      ( 2 )

と書くことにします。式 (2) の意味は(1)であることを覚えておいてください。

現代数学では、(1) を (2) の定義とみなしています。しかし、(1) は割り算のやり方を述べているわけでもありませんし、古代人が割り算を (1) のように考えていたわけでもありません。しかし (1) と (2) を覚えておくだけで、多くの場面で 頭を使わなくても手を動かすだけで いろいろなことが導けてしまいます。

イギリスの貨幣系における割り算の原理の利用例

1ペニー = 4ファージング     (3)

2078 ÷ 4 = 519 余り 2     (4)

を使って 2078ファージング を変形してみましょう。まず (4) に 割り算の原理 を適用すると、

2078 = 4×519+2

となります。よって

2078ファージング = (4×519+2)ファージング
=519×4ファージング + 2ファージング

ここで、(3) の「4ファージング=1ペンス」を代入すると

2078ファージング = 519ペンス2ファージング

が得られます。ペンスファージングを数のように扱っていることに注意してください。

割り算の原理 のような公式を覚えるのはたいへんだ、と思う人もいるかもしれませんが、公式にはその大変さに見合うだけのことはあるのです。

上のイギリスの貨幣系で、1ペンス=4ファージング としました。数学的にはこれでいいのですが、実際はペンスが基準となる単位で、1ファージングは1ペニーの 四分(1/4)と捉えた方が正確かもしれません。

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身近な60進法「時間と角度」:時間や角度を単進表現に変換する

現在時間と角度は60進法です。あまり知られていないようですが、これもバビロニア由来です。たとえば時間や角度は次のように表されます。

3時間24分52秒、 24度56分13秒

は基準となる単位の 1/60、の 1/60 という意味ですが、ここでは秒を最小単位として扱います。ここで大切なのはとかの意味ではなく、を60個束ねるとになり、を60個束ねると、もう一つ上の位になる、ということだけです。

上の表現を単進表現に変換しましょう。

3時間24分52秒 = (3×60+24)分52秒
= ((3×60+24)×60+52) 秒 = 12,292 秒 [時間]

24度56分13秒 = ((24×60+56)×60+13) 秒 = 89,773 秒 [角度]

89,773 秒[角度] をもとに戻しましょう

89773 ÷ 60 = 1496+13, 
1496 ÷ 60 = 24+56

よって

89773秒 = 1496×60秒+13秒 = 1496分+13秒
= 24×60分+56分+13秒 = 24度+56分+13秒

が得られます。

まとめ

私達の生活の中には時計が当たり前に存在し、日常生活の中でも分を秒に変換したり、分を時間に変換することがあると思います。「時間」のように普段から慣れ親しんだものであれば簡単に計算ができるのに、新しい単位や新しい表現方法に出会うと、同じような計算でも難しく感じることがあります。本連載ではバビロニアの数を扱うことで、様々な角度から数に対する理解を深めていきたいと思います。

次のお話ではバビロニアの人々が60進数の掛け算をどのように計算していたかを見てみましょう。

『バビロニアの数』は全17記事からなるWeb連載です。

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