7. 60進数の掛け算 | 楔形文字の進化とバビロニアの記数法

『バビロニアの数』は全17記事からなるWeb連載です。

楔形文字の発達:絵文字から楔形文字への位取り方式の移行

4.バビロニアの60進法 〕で、シュメール人はすでに絵文字の段階で60進数を使っていたことを述べました。 図7.1に示すように、この絵文字の60進数は非位取り方式で、位が違うと使われる絵文字が違っていました。

白抜きの図形が並んだ図。上部には1、10、60、600、3600の数値が書かれており、数値の増加に伴い図形が徐々に円に近づいていく様子が描かれている。中央や重なりを含む形も見られる。図の下には『図7.1』と書かれている。

シュメール人は位の位置を決めて数字を書くうちに、位によって記号を変える必要のないことに気がつきます。もともと 1 と 60 は大きさが違うだけでしたが、大きさを区別しなくても 位置でどちらかが判別できる ことに気がついたのです。 位取り方式の発明 です。

次第にシュメール人は粘土板に葦のペンで楔形文字を書き始めます。図7.2 に示す楔形文字では、1, 10, 60, 600, … に対応する楔形文字がそれぞれ存在し、位取り方式ではありません。絵文字が非位取り方式から位取り方式へ移行した時期は、絵文字から楔形文字への移行より早いか、同時進行だったようです。

黒い図形が並んだ図。上部には1、10、60、600、3600の数値が書かれており、数値が大きくなるにつれて図形が複雑になっていく様子が示されている。図の下には『図7.2』と書かれている。

やがて楔形文字の数字は位取り方式となります。しかし各数字は合成文字方式で、1 は 「 | 」で表され、10は「 < 」で表されました。楔形文字の数字は、次の図7.3のように表します。      

図7.3:楔形文字による数の表現  縦5列×6行のマトリクスに、楔形文字による数の表記が0から60まで並ぶ。 各セルの上部にアラビア数字が記され、その下に対応する楔形文字が表示されている。 	•	上2行(0〜9)は、くさび形の縦棒が数に応じて増えていく。 	•	中2行(10〜14, 20〜24)は、左向きのくさびで10の位を表現。 	•	下2行(30〜60)は、左向きくさびの数が増えるか、複合的な記号で構成される。  たとえば: 	•	「0」には記号なし。 	•	「1」には縦1本のくさび形。 	•	「4」には縦4本+1本下付き。 	•	「10」は左向きくさび1つ。 	•	「60」は縦1本の特別なくさび記号(別種の記号)で表されている。

楔形文字と位取り方式:バビロニアの60進数の現代的な独自の記法を考えみよう

楔形数字は、1, 60, 602, … の位は「 | 」で、10, 60·10, 602·10, … の位は「 < 」で示されますから60進数というよりは 6·10進数とみなすことができます。楔形数字は皆さんにとってなじみがないと思いますので、前回のお話でローマ数字を置き換えた時と同様に、現代の文字で置き換えることにします。楔形文字では 空白 が 0 の働きをしていました。前回と同様、1の位の空白を 0 で、10の位の空白を で表すことにします。 楔形文字の 1 から 9 までを算用数字の 1, 2, …, 9 で、楔形文字の 10, 20, 30, 40, 50 を漢字の 一, 二, 三, 四, 五 と表します( 図7.4 )。

楔形文字と私たちの記法(アラビア数字や記号)との対応を示した図。 上段の表は1〜9の楔形文字を上向きの山型で表し、下段にはそれぞれ「0, 1, 2, 3, …, 9」と記載。 下段の表では、10〜50を左向きの矢印状の楔形文字で表し、下にはそれぞれ「*(空白), 一, 二, 三, 四, 五」といった記号と漢数字が対応して示されている。

たとえば楔形文字の「 | | | 」は算用数字の「 3 」で、楔形文字の「 < < < 」は漢字の 「 三 」で表すことにします。位取り方式なので、同じ記号でも場所によって値が違います。たとえば

左から、山型2つの記号(〃)、左向きの二重矢印(≪≪)、山型4つの記号(〃〃〃〃)、左向きの四重矢印(≪≪≪≪)、山型6つの記号(〃〃〃〃〃〃)が順に並んでいる。

6·10進法としての私達の記法では

* 2 二 4 四 5

と書きますが、これは 60進数とみなすと

(*2)(二4)(四5) = (*2) × 60^2 + (二4) × 60 + (四5)= 2 × 3600 + 24 × 60 + 45 = 8685

となります。
私達の記法をまとめると図7.5 のようになります。

* 2 二 4 四 5   ↑  ↑ ↑ ↑  ↑   |  |||  |   空白を表す   漢数字で表す    算用数字で表す  ● 同じ記号でも場所によって値が異なる **位取り方式**  図 7.5

バビロニアの粘土板に見る6・10進法の掛け算表

バビロニア人が実際に 6·10進法として掛け算を計算した証拠となる粘土板が出土しています。その掛け算表は、59×59 の掛け算表ではなく、a×b の掛け算表で、各 a ごとに1枚の粘土板です。a として 59 個全部が現れているわけではなく、現れているのは次の 22個です。

2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 12, 15, 16, 18,
 20, 24, 25, 30, 36, 40, 45, 48, 50

このうち掛け算に使われるのは次の 13個だけです。

2, 3, 4, 5, 6, 7, 8, 9, 10, 20, 30, 40, 50

これ以外の数がなぜ掛け算表に現れているかは、連載の後半で説明します。各 a の a×b の粘土板には、上の 13個の b に対し a×b の値が刻まれています。 粘土板の掛け算表を、必要な部分だけ切り取って、上で述べた私たちの記号で書き換えたものが次の表です。( 表7.1 – 表7.3 )

掛け算表 (1)の位 × (1)の位× 5 6 7 8 9 5 二五 三〇 三五 四〇 四五 6 三〇 三六 四二 四八 五四 7 三五 四二 四九 五六 5*5 8 四〇 四八 五六 1*4 1一2 9 四五 五四 1*4 1一2 1二2
掛け算表 (10)の位 × (10)の位× 一 二 三 四 五 一 1四 3二 5* 6四 8二 二 3二 6四 一0* 一3* 二4四 三 5* 一0* 一5* 二0* 二5* 四 6四 一3二 二0* 二6四 三3二 五 8二 一6四 二5* 三3二 四1四
掛け算表 (1)の位 ×(10)の位列見出し(横方向:1の位):  | 一 二 三 四 五行見出し(縦方向:10の位):1 | 一 二 三 四 五 2 | 二 四 1* 1二 1四 3 | 三 1* 1三 2* 2三 4 | 四 1二 2* 2四 3二 5 | 五 1四 2三 3二 6一 6 | 1* 2* 3* 4* 5* 7 | 1一 2二 3三 4四 5五 8 | 1二 2四 4* 5二 6四 9 | 1三 3* 4三 6* 7三

60進の「1桁×1桁」の掛け算ができれば、10進数と同様の方法で何桁の掛け算でもできますから、まず1桁同士の掛け算を考えます。

[(1)の位]×[(1)の位] の掛け算表で桁上がりがないものは皆さんよくご存じだと思うので省略してあります。7×8 の値は10進数では 56 ですが、60進数では 五6 と書きます。7×9 の値は10進数では 63 ですが、60進数では 10 の位は 6 で桁上がりするので 1*3 と書きます。正確には *1*3 と書くべきなのですが、最上位の * (ゼロ) は省略することにします。次の式では60進表記と10進表記が混在していますが、漢数字を含むものは60進表記、含まないものは10進表記です。等号で結ばれているのは数としては同じ値であることを意味します。

7 × 9 = 63 = 1 3   8 × 9 = 72 = 1 12  → 60進法で 1 × 60 + 12 = 72

次に [(1)の位]×[(10)の位] の 7×四 を見てみましょう。

7 × 四 = 7 × 40 = 280 = 4 × 60 + 40 = 4 四 0 = 4 四

[(1)の位]×[(10)の位] の値の最後は必ず 0 となりますが、この 0 は省略することにします。

次に [(10)の位]×[(10)の位] の 二×四 と 四×四 を を見てみましょう。

「二 × 四 = 20 × 40 = 800 = 13 × 60 + 20 = —3二0 = —3二」 「四 × 四 = 1600 = 26 × 60 + 40 = 二6四0 = 二6四」

これも最後の 0 は省略することにします。

60進1桁同士の掛け算 34×38 と 56×38 を表7.1 – 7.3の掛け算表を使って計算してみましょう。

左側:「34 × 38」 (上部の青い帯に白抜き文字)  【筆算:六十進法の漢数字と通常のアラビア数字混在】    三 四 ×     三 八 ---------       三 二     4*   2* -5* ---------   二 一 三 二右側:「56 × 38」【筆算:六十進法の漢数字と通常のアラビア数字混在】    五 六 ×     三 八 ---------       四 八     6 四   3* 二 5* --------- 三 五 二 八

この計算を利用して 2696×38 を計算してみましょう。2696 = 34×60+56 = 三4五6 なので上の計算が利用できます。実はどのような順番で計算したのかわからないので、私たちが10進で計算しているように 60進で計算してみます。

「2696 × 38」【左側:縦式の筆算(六十進法の漢数字による計算)】  三 四 五 六 ×        三 八 -------------         三 五 二 八   二 一 三 二 -------------   二 二 * 七 二 八【右側:筆算の説明式】=(三 五 二 八)×(三 八) =(二 一 三 二)× 60 ×(三 八) =(二 二)× 60² + (* 七)× 60 +(二 八)

掛け算表を使った計算はいかがでしたか?新しい記法を使っているので少し難しく感じた方もいるかもしれません。

これまで見てきたように、バビロニア人は60進数の足し算や掛け算を行なっていましたが、驚くべきことに、バビロニア人はこの時代に「小数の概念」も持っていたのです。〔 8.バビロニアの小数 〕もぜひご一読ください。

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