6.進化のふしぎ

『数の発明』は全12記事からなるWeb連載です。

未知の大海に浮かぶ探求の船─ 科学の進歩と未解明なる世界

現在は世界中に人びとが住みついていて、探検すべき秘境などどこにもありません。月や火星にまで探査機が飛んでいて、宇宙さえも未知の世界ではなくなったと思うかもしれません。科学技術が発達したので、皆さんの中にはほとんどのことが解明されてしまった、と思う人が多いかもしれません。しかしこれはとんでもない思い違いです。ニュートンの言った有名な言葉「私は海岸で貝を拾って遊ぶ子供と同じだ。目の前には未知の大海が横たわっている」は今も健在です。ただ「未知の大海」の存在にすら気づいていないのかもしれません。

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進化に関する様々な説

進化の謎と自然の選択─ 二足歩行や未完成な器官の意義と淘汰の謎

遺伝や進化についても不思議なことがいっぱい残っています。「なぜ二足歩行するようになったか」は、よく議論されています。また、二足歩行によって「両手が自由になり道具が作れるようになった」とか「脳が大きくなった」と言われることがありますが、これは二足歩行するようになって100万年以上も経ってからのことです。「二足歩行による直接的な利益はなかったのではないか」という人もいます。

   

同様な問題に次のようなものもあります。鳥は飛ぶことができる羽をもつ前に、未発達な羽を持っていた。また陸上の脊椎動物は、はるか昔まだ水中で暮らしているときにすでに未発達な足を持っていた。自然は、未完成な羽を飛ぶための羽に進化させようとか、未完成な足を歩くための足に進化させようなどという目的を持っていたわけではない、それが最初に出現したときはそれが将来どのようになるかは全く予想がついていなかった。自然が行うのは、ただ不適切なものを選別するだけだ、という意見です。もしこの意見どおりだとしたら、「二足歩行の猿人」、「未発達な羽をもつ鳥の祖先」、「未発達な足の動物の祖先」はなぜ淘汰されてしまわなかったのでしょうか。

   

進化の不連続性の不思議 ─ 突発的な種の出現と遺伝情報の広範性

進化の不連続性もよく議論されています。もし遺伝子が一様な割合で変異を起こすなら、たとえば脳の容積も一様な速度で増大していくはずです。しかし実際には約200万年前頃、突然に多くのヒト族の種が出現します。このとき脳の容積も急速に増加したようです。なぜ多くの種が現れたのでしょうか。なぜこのような現象がヒト族にだけ起きたのでしょうか。偶然ではなく何か原因があるはずです。

   

さらに不思議なのは、遺伝情報の厖大さです。本連載の〔 1.数は人間の発明か 〕では、チンパンジーなどは生まれながらに学習する能力を持ち、「数の認識力」を持っていることを見ました。またある種の鳥は、自分の巣を守るために“おとり”となる行為をしますがこれも遺伝します。私たちも、身長、体重などの身体的特徴だけでなく、性格とか味覚の好みなど、非常に広範囲なものを親から引き継ぎます。こういった情報はすべて遺伝情報としてDNA の中に符号化されているはずですが、これはどのような仕組みとなっているのでしょうか。

遺伝の仕組み

体の設計図『DNA』とは

ここで DNA のことを調べてみましょう。DNA(デオキシリボ核酸)とは細胞内の染色体にある部品のことで、ここに遺伝子情報が書き込まれています。コンピュータの情報は 0 と 1 の2つの文字からなる文字列で表されます。DNA もまったく同様です。DNA を構成する4つの文字A、T、G、Cは塩基と呼ばれますが、以下ではこれもコンピュータと同様 0 と 1 とします。言い換えると DNA とは塩基の配列のこと、つまりコンピュータの 0 と 1 のことです。人間の場合、染色体にある DNA をすべてつなげると長さが約30億の文字列となります。文字は 0 と 1 としましたから、これは30億桁の2進数とみなすことができます。したがって、可能な DNA の総数は 23,000,000,000 個となります。

210 = 1024 > 1000 = 103

ですから

23,000,000,000
= ( 210 )300,000,000
> 103,000,000,000   (1) 

となります。

DNAの突然変異

DNA はいろいろな原因によって変化を受けます。この変化のことを突然変異(以下単に変異)といいます。変異はランダムに規則的に起きるとされています。したがって、2人のヒトを比較して、DNA の違いが少ないと進化的に近縁であるといえます。ほとんどのヒトのDNA は一致している部分の方が多いので、標準的 DNA を設定することがあります。この場合、標準的DNA と異なる部分を変異と呼ぶことがあります。現代人の場合、平均して数百塩基対に1個の割合で変異が認められるそうです(男性と女性で少し違うそうです)。塩基は全部で30億個だからその 0.1% の約300万個が変異となります。これに対し、チンパンジーの変異数は約570万個、ゴリラは約650万個のようです。変異の数は、進化の鎖に現れる個体数に比例します。現在人は75億人もいるのに、チンパンジーは約30万頭、ゴリラは数万頭しかいません。個体数の少ないチンパンジーやゴリラに比べ、膨大な数の人類の多様性は極めて小さいと言えます。言い換えると、チンパンジーやゴリラは長い進化の鎖を持っていますが、人間の進化の鎖は非常に短いのです。

   

4.出アフリカ 〕で私たちの祖先は南アフリカの南海岸でかろうじて絶滅を免れたことを述べました。その後ヒトの人口は回復しますが、7万年ほど前またもや危機が訪れます。遠く離れたインドネシアのドバ山が噴火したのです。噴煙は数年間世界中を覆い、多くの動植物が死滅しました。その後しばらくの間穏やかな気候が続き、新人のグレートジャーニーが始まります。ヒトの DNA の多様性の少なさから、グレートジャーニーでアフリカを出たヒトの数が数百から数千人だったと推定されています。

ミトコンドリアDNAと人類の起源:ミトコンドリア・イブとネアンデルタール人の遺伝的差異

1987年に科学誌『ネイチャー』に「ミトコンドリア・イブ」に関する論文が発表されました。この論文のタイトルから、「現在の私たちは、ミトコンドリア・イブと呼ばれる一人の女性の子孫である」という衝撃的な情報が広まり話題となりました。もちろんこの論文にはそのようなことは書かれていません。発表された論文で述べてられていることは正確には、「現代人の共通祖先に最も近いミトコンドリアDNA を持つ女性がいた」ということになります。そのような女性は相当数いてもよく、その中の一人をミトコンドリア・イブと呼んでもいいわけです。大きな誤解も生みましたが、この論文はアフリカ単一起源説をさらに補強することになりました。

   

ミトコンドリアとは細胞内にある小器官で、細胞核の中にある DNA とは別の独自の DNA を持っています。これをミトコンドリアDNA といいます。科学者にとって好都合なことに、ミトコンドリアDNA は母親からしか子に遺伝しません。ヒトの先祖の遺伝子をたどろうとすると、母方父方と毎回2倍に増えてしまいます。一方ミトコンドリアDNA の場合は母方1本に絞れますから、先祖への道は1本道となりたどるのが容易です。

   

1997年、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA が解析されました。それによると、ネアンデルタール人と現代人のミトコンドリアDNA との差異は平均26個でした。現代人同士の差異は平均 8個、チンパンジーと現代人の差異は55個でした。この結果、ネアンデルタール人はこれまで考えられてきたほど現生人類と近縁ではなかったことになります。

   

   

進化のふしぎ

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人類はランダムな突然変異で進化したのか

突然変異の確率

チンパンジーは現生人類と比べてDNAの変異の数が多いことが分かりました。しかし600万年前から現生人類は大きく進化しましたが、チンパンジーはあまり変化していません。シーラカンスという魚は1億年前とほとんど同じ形をしていると考えられていて、”化石魚”とも呼ばれています。おそらくシーラカンスのDNA は多くの変異を持っていると思われます。つまり DNA の文字(正確には文字の位置)には体形などの進化とは関係のないものが多く含まれているようです。

進化について書かれた本の中にはあたかも遺伝子が意思を持っているように書かれているものがあります。他方これとは逆に、自然は最適者と作り出しているわけではない、ランダムに作り出し、選別・淘汰をしているだけである、という意見もあります。「ランダムに作り出す」という意見は一見すると理にかなっているようにも思えますが、これを検討してみましょう。

   

議論を極端に単純化して次のような問題を考えましょう。もちろんこんなことは現実にはあり得ません。一組の男女がいます。その男女が1年で一組の男女を産みます。産まれた男女が一年でまた男女を産みます。これを10億年繰り返すとしましょう。生まれてくる子供の DNA の文字は、威勢よく30億個すべてがランダムに置き換わるとします。これは、30億個のコインを投げて、裏なら1、表なら0とみなすと考えてください。すると、1回ごとに新しい DNA が一つ生まれます。10億年間では 109 個です。1組の男女では少ないと思われるかもしれませんから 100億人としましょう。すると、生成される DNA の総数は

10億×100億 = 109×1010 = 1019

となります。可能な DNA の総数は上の (1) で計算しました。これを用いると、ある特定の DNA がランダムな操作で生まれる確率は次のようになります。

あるDNAが生まれる確率
 = 1019 ÷  103000000000
 = 1 / 103000000000-19      (2)

よく「宝くじで1億円あたる可能性はゼロではない」といいます。この (2) の確率も 0 ではありません。しかし (2) の確率は「毎年宝くじを1枚買って、100年間1億円が当たり続ける確率」よりずっと少ないのです。ここで行った議論は極端に単純化した乱暴な議論です。しかし「ランダムな突然変異だけで進化する」というだけでは、35億年でこれだけ複雑な生命系が誕生したとは考えられないのです。

連続的な表現型の遺伝と進化:遺伝子のスイッチと複雑な進化メカニズム

遺伝に関して考えてみましょう。私たちが親から受け継ぐ形質は、身長、体重、髪の色など多くのものがあり、それらは連続的に変化します。たとえば160cm の母親と170cm の父親から生まれた子供の身長は 160cm か 170cm のどちらか一方というわけではありません。最近の研究によると、遺伝子の中にはある遺伝子を活性化させたり、抑制したり、どのくらいの期間働くかを決めるスイッチの役割をする遺伝子があることが分かってきました。このような遺伝子の存在は、身長とか体重といった個体に見られる連続した表現型の違いの説明がつきます。

   

馬は、最初は子犬ほどの小さな動物でしたが、足だけでなく体もだんだん大きくなり、現在のように速く走る体形に進化しました。「速く走る」という動作には、単に長く強靭な足だけではなく、脳など多くの器官が複雑に関与しています。つまり、馬が早く走るように進化するためには非常に多くの遺伝子が関与しているはずです。これには「遺伝子がランダムに変異してたまたま速い馬が生まれた」という事象を繰り返すのではなく、いったん速い馬が生まれたら、それに関与した多くの遺伝子を統制し、進化を継続するような機構があるはずだと思います。馬は走り続けることによって、しだいに速い馬に進化しました。同様にヒトも、脳を使い続けることで、脳はしだいに大きくなっていったのではないでしょうか。

突然の進化の理由とは

ヒトの進化 ─ 類人猿から猿人へ:猿人の知恵と石器の出現

もう一度ヒトの進化を考えてみましょう。「鳥の羽の説」によると、「脳が大きくなり知恵がついたので石器を考え出すことができた」ことになりますが、実際には、ヒトがまだ猿人の時代に簡単な石器を使っていたようです。猿人が類人猿から別れて300万年以上の間は、二足歩行するというだけで、脳の容積は類人猿と変わることはありませんでした。しかし最初の石器らしきものは、猿人の化石とともに発見されたのです。石器は石を割っただけのものでしたが、動物の骨とともに見つかり、その骨には石器で肉を剥ぎ取ったと思われる傷が付いていました。おそらく猿人たちは、猛獣の食べ残した肉を横取りしたのでしょう。猛獣を追い払うことはできないにしても、ハゲワシとかハイエナは、大勢で石を投げ追い払ったと思われます。チンパンジーは石を投げることはできますが、遠くに正確に投げることはできません。正確に投げるためには脳の発達が必要です。また、現場には適当な石があるとは限らず、石を持ち運んでいたようです。将来を見通す計画性をすでに持っていたようです。

猿人の化石から判断される解剖学的な見地からすると、猿人は類人猿と変わったところはありませんが、明らかに類人猿より高い知能をもっていました。二足歩行は不利な点も多くありましたが、自然淘汰を生きぬくだけの利点も兼ね備えていたと思われます。

   

“変化”を選んだ人類

次に約190万年前の突然の進化の飛躍について考えましょう。進化は、多くの選択肢から最適なものを選び取ることで達成されます。人類が急速に進化したのは多くの種の中から選抜されたためと思われます。190万年前に猿人から多くの種が生まれ原人へと進化しました。猿人は、見かけは類人猿から分岐したときと変わらなくても、内部に多くの多様性を含んでいたと思われます。たとえば摂取する食料の多様性です。あるものは根菜を、あるいは昆虫を、またあるものは動物の死肉を食べるようになりました。このような多様性はおそらく新しい種の発生に影響を及ぼしたに違いありません。例えていうと、「保守」と「革新」の違いです。類人猿は「保守」を選び、数千万年という年月が保証する不変を選びました。同じ食べ物を食べ、森から出ようとはしませんでした。これに対し人類は「革新」つまり変化を選んだのです。しかし、変化は危険を伴います。実際、死肉は腐敗するととても危険で、時には死に至ります。人類の急速な進化は、多くの種を産み出し、そのほとんどが絶滅したことにあるように思えます。よく聞く成功した起業家の次の言葉と同じです。「私の成功の秘密は誰も考えなかったイノベーションにある」。しかしその背後には同様のイノベーションを試みた人の死屍が累々と横たわっているのです。

   

『数の発明』は全12記事からなるWeb連載です。

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