1-3.5つの公準

5つの公準

『原論』の第I巻では、前回述べた定義のあと、次の 5つの公準と9つの公理が続きます。まずは5つの公準をみてみましょう。

    ユークリッド『原論』:5つの公準

  • 公準 1任意の2点が与えられたとき、それらを端点とする線分を引くことができる。
  • 公準 2与えられた線分はどちら側にでも、いくらでも延長することができる。
  • 公準 3与えられ任意の点に対し、その点を中心として任意の半径の円を描くことができる。
  • 公準 4すべての直角は互いに等しい。
  • 公準 5ある直線が他の2直線と交わるとき、同じ側の内角の和が2直角より小さいならば、この2直線は限りなく延長された時、内角の和が2直角より小さい側で交わる。

公準は“要請”と訳されることがあります。特に公準 1, 2, 3 は“要請”の方が、意味がはっきりするように思います。スポーツや2人で行うゲームの規則のようなもので、作図における許される操作です。「ギリシアの幾何学は定規とコンパスだけが使用を許されている」という記述をよく見かけますが、数学史の専門家はこの記述は間違っている、そんなことは『原論』のどこにも書いていない、と注意します。

もちろん『原論』は、定義公準公理という「閉じられた世界」の中だけで行うもので、それ以外の前提を持ち込んではいけないのですが、長々と定義公準公理について述べるよりは、「定規とコンパス以外は使っていけない」と述べた方が初心者にとって理解が早いと思うのでこのような記述がなされるのだと思います。

公準2の無限について

公準2“無限”が出てくるので補足説明をしておきます。『原論』には「いくらでも大きい自然数が存在する」という表現が出てきます。これは「自然数は無限個存在する」と同じ意味となります。しかし古代では、現代数学のように「自然数全体からなる集合」とか、自然数の無限列

1, 2, 3, …

といった“一括した無限”は出てこないのです。公準2は、線分はいくらでも延長できる、と言っていますが、延長したものも線分であって、直線ではありません。

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公準5と非ユークリッド幾何

公準4公準5は現代の公理と同じような意味で、“誰もが正しいと認める命題”を意図しています。(※公準4については次節で議論します。)公準5平行線の公理とも呼ばれ、『原論』が書かれて以来2000年もの間数学者の間で物議をかもしてきました。第5公準以外のものは、表現も短く、だれもが疑問をはさむ余地のないほど明らかな事柄です。しかし公準5は長々と込み入った表現で公理らしくありませんでした。

多くの人が、もう少し単純な表現になるのではないか、あるいはこれは公準ではなく定理で、ほかの公理公準から導けるのではないかと考え、多くの試みがなされましたがことごとく失敗しました。誰もがみな「第5公準は正しい」と思い込んでいました

これを証明する一つの方法は、「第5公準が成り立たない」と仮定して矛盾を導くことです。19世紀になってやっと、「第5公準が成り立たない」と仮定しても矛盾が生じないことが証明されたのです。「非ユークリッド幾何」の誕生です。これは数学会に大きな衝撃を与えました。ユークリッド幾何だけが正しい理論ではなかったのです。数学は1つではなく、いろいろなものがあっていいのです。今では非ユークリッド幾何学はアインシュタインの相対性理論にとってなくてはならないものとなっています。

まとめ

ユークリッドの原論では、定義のあとに上の5つの公準の話が続きます。とくに公準5は何世紀にもわたり議論の対象でした。次回は9つの公理について解説します。冒頭は定義、公準、公理と、議論に入る前に説明が長々と続きますが、少しずつ慣れ親しんでもらえると嬉しいです。

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