「黄金比」という呼び名は意外と新しい
現在でこそ「黄金比」という呼び名が広く使われていますが、この比が「黄金」という言葉と結びつけて呼ばれるようになったのは、古代やルネサンスよりもずっと後のことです。
古代ギリシアの幾何学では、この比は「外中比」と呼ばれ、ユークリッドユークリッド「ユークリッド幾何学」でおなじみの幾何学の父詳しく見る →の『原論原論(ストイケイア)古代ギリシアの数学者ユークリッドが著した数学書。定義・公準・共通概念から出発して命題を積み重ねる構成で、幾何学から数論までを体系化した全13巻。詳しく見る →』にもその名前で登場します。比そのものは古代からある一方で、「黄金比」という呼び名だけが新しい、というわけです。
もうひとつ、古代ではこの比を「数」ではなく「線分の分け方」として扱っていた点も押さえておきたいところです。当時のギリシアでは√5やφ(ファイ)のような無理数無理数分子・分母がともに整数の分数a/bの形で表せない実数。円周率π、√2、自然対数の底eなどが代表例で、小数にすると無限に非循環に続く。詳しく見る →を数とは見なしていなかったため、φ=1.618…という数値を計算して使っていたわけではありません。
ポゥじい博士の見立てしばしば語られる「エジプト人がロープを使って黄金分割を作図した」という逸話じゃが、わしはこれを後世に作られた話ではないかと見ておる。
理由はこうじゃ。この作図がエジプトで行われたという証拠は、今のところ見つかっておらん。もしエジプト人がこの方法を使ったと言うのなら、「どうやってこの方法を思いついたのか」「そもそもなぜ黄金分割が必要だったのか」も合わせて示す必要があるじゃろう。
古代の数学史の記述には、後世に書き足されたものがかなり混じっている可能性がある。そう考えておくくらいが、ちょうどよいのかもしれんな。
ピラミッドの「黄金比」を確かめてみる
ピラミッドをめぐっても、よく語られる話があります。底面積と、4つの側面の面積の合計との比が黄金比になっている、というものです。
確かめてみましょう。傾きが 4 : 3 のピラミッドを考えます(古代エジプトで傾きを表す単位でいうと、セケド5;1/4にあたります)。底面の1辺の半分を3、高さを4とすると、側面の斜めの高さは5です。断面に現れるのは、3-4-5の直角三角形です。
底面の1辺は 3×2 = 6 なので、面積はこう計算できます。
底面積 : 側面積 = 36 : 60 = 3 : 5
出てきたのは 3 : 5 です。割ってみると 5 ÷ 3 = 1.666… で、φ = 1.618… とは少しずれています。黄金比そのものではありません。
ポゥじい博士の見立てでは何も出てこなかったのか、というと、そうとも言い切れんな。
3 : 5 は、エジプト人がふだん扱っていた整数の比じゃ。しかも 3-4-5 は自然数の列 1, 2, 3, 4, 5 から最初の2つを取り除いた形、3-5 は奇数の列 1, 3, 5 から最初の1を取り除いた形になっておる。古代の人は、こういう数のあそびをよくしておった。
わし自身は、エジプト人が 3 : 5 を"美しい比"と感じておったのではないかと考えておる。ただしこれは見立てでな、はっきりした実例までは見つかっておらん。
大事なのは順番じゃ。エジプト人が黄金比を知っていて、それを 3 : 5 で代用した、のではない。整数の比を使っておったところに、後の世の人が黄金比を見つけた、ということじゃ。
ピラミッドと黄金比をめぐる話は、連載ピラミッドの謎でさらにくわしく書いています。第5章の『黄金比の謎』を中心に、あわせて読んでみてください。
名前や逸話の"新しさ"を知ると、黄金比という概念そのものの奥深さがかえって際立ちます。
黄金分割の式「短い部分:長い部分=長い部分:全体」では、長い部分が真ん中に2回あらわれます。古代ギリシアでは、このように2つの量の比のあいだに入る量を「比例中項」と呼びました。

ポゥじい


