プラトン とは?
古代ギリシアの哲学者
古代ギリシアの哲学者であり、ソクラテスの弟子として知られ、後の西洋哲学の発展に大きな影響を与えました。アテナイの郊外にアカデメイアという学園を設立し、その入り口の門の上には「幾何学を知らざるもの、入るべからず」という看板が掲げてあったといいます。
時代背景 プラトン が活躍した時代はどんな時代?
古代ギリシア哲学の最盛期
ペルシア戦争ののちギリシアのポリスの一つであるアテナイは未曾有の発展を遂げ各地から人が集まり文明が華開きます。古典期のギリシアは建築や美術の最盛期でしたが、悲劇や喜劇、叙事詩などの文芸、哲学が発展した時代でもあります。数学もこの時期にアテナイで生まれたと考えられています。
イデア論:プラトンの哲学
プラトンは、感覚で捉えられる現実世界は不完全で変化するものであり、真の実在は「イデア」と呼ばれる抽象的で不変な本質が存在する超感覚的な世界にあると考えました。プラトンにとって、知識とはこのイデアの世界を理解することであり、現実世界はそのイデアの影に過ぎないとしました。
プラトンは、ある哲学者に「すべての哲学はプラトンの脚注にすぎない」といわせるほど、後世に大きな影響を与えました。
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プラトンとソクラテスの関係
プラトンの哲学において欠かせない人物が、その師であるソクラテスです。ソクラテスは、自らは何も書き残さなかったため、彼の思想や方法論は主にプラトンの対話篇を通じて伝えられています。プラトンは、ソクラテスを登場人物として対話篇の中で描き、彼の教えと哲学的議論を展開しました。
ソクラテスの問答法は、相手に問いを投げかけてその答えを検討することで、真理に近づく方法として知られています。プラトンは、この方法を通じて、倫理や正義、知識の本質などの哲学的問題を探求しました。
アカデメイアの開設
紀元前387年頃、プラトンはアテネ郊外に教育と研究の学園 アカデメイア を開設し、哲学を中心とした幅広い学問が研究され、多くの著名な哲学者や科学者がここで学びました。彼は数学教育にも力を注ぎ、アカデメイア の門扉には「幾何学を知らざるもの、入るべからず」と書かれていたという伝説があります。
後529年に閉鎖されるまで、哲学をはじめ数学、音楽、天文学など学問の中心として存続しました。
プラトンの弟子であるアリストテレスはこの学園で哲学を深く学び、後に自身も独自の哲学体系を築き上げていきました。
神は常に幾何学する
プラトンは数や幾何学的図形の中に宇宙の真理を表す意味が隠されている、と考えていました。「神は常に幾何学する」は、彼の言った有名な言葉として伝えられています。プラトンは数学とは役に立つものであるよりは美しいものでなければならないと思っていたようです。
著書『ティマイオス』の中で、5つの立体について述べています。これらの物体は、おのおのの面が形と大きさが等しい正多角形の立体、つまり正多面体のことで「プラトンの立体」と呼ばれています。
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プラトンの対話篇
プラトンの著作の特徴は、「対話」の形式で書かれていることです。登場人物たちが対話を通じて哲学的な問題を議論し、真理を探求する形式です。プラトン自身の思想を直接述べるのではなく、対話を通じて読者に考えさせることで、哲学的な思考を促す手法を取っています。この形式は、ソクラテスの問答法を反映しています。
彼の著作『クリティアス』もこの形式で書かれています。クリティアスはプラトンの曽祖父の名で、この著作の中でクリティアスは建国時代の古き良き時代のアテナイについて語っています。今から1万年以上前に進んだ文明が栄えていたという伝承は、『クリティアス』に出てくる「アトランティス伝説」が元になっているようです。詳しい記事はこちら▼
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