円周率は、どうやって知られていったのか
円周率については、昔からいろいろなことが語られてきました。中でもよく知られているのが、ピラミッドに円周率が隠されているという話です。
クフ王の大ピラミッドは、底面の周の長さを高さの2倍で割ると 3.1428… になります。π=3.14159… とほとんど一致する。ここから、古代エジプト人はすでにπを知っていたのではないか、という説が生まれました。
ポゥじい博士の見立てそう考えたくなる気持ちもわかるんじゃよ。あまりにも偶然の一致が多いからな。じゃが、別の角度から見ると、そうも言い切れん理由がいくつも出てくる。
当時の長さの単位は、1腕尺(キュビト)=7手のひら、じゃった。直径7の円を描いて、その周を実際に測れば、だいたい22になる。紙も鉛筆も正確な物差しも無い時代じゃ。エジプト人は円周を直径の22/7倍として、実測で扱っておったと考えるのが自然じゃろうな。「隠されていた」のではなく、当時の単位と素朴な実測が生んだ、必然の一致。わしはそう見ておるんじゃよ。
ちなみにこの1腕尺=7手のひらという単位、ふだん使う「民衆の尺度」とは別の、ピラミッド専用の「王家の尺度」じゃった。なぜわざわざこちらに切り替えたのか……ここでは語り尽くせないほど、壮大な物語があるんじゃよ。「王家の尺度はなぜ生まれたのか」「勾配(セケド)との一致」まで踏み込んだ話は、連載ピラミッドの謎『円周率の謎』をぜひ読んでほしい。
アルキメデスは「本当の値」を探していたのか
ここまでは、測ってみたらこうなった、という話でした。では、正多角形で円を挟みこんで円周率に迫ったアルキメデスアルキメデス22/7 の秘密!発見と創造の数学者・物理学者詳しく見る →は、どうだったのでしょうか。
ポゥじい博士の見立て先に断っておくが、ここまで「π」や「3+10/71」というふうに書いてきたのは、現代の記号に置き換えた説明じゃ。アルキメデスの時代には小数もπという記号もない。彼が実際に扱っていたのは分数ではなく、整数どうしの比じゃった。これから話すことも、当時そのままの考え方ではなく、現代の数学の言葉に置き換えて述べておるので、そのつもりで聞いてくれ。
現代の目で見れば、アルキメデスは極限の考え方に迫っておった、と評価される。それも無理はない。じゃが、彼が「円周率の本当の値は何か」とまで考えておったかというと、少し違う気がするのじゃ。
わしらは、πという厳密な値がまずあって、そこへどれだけ近づけるかを考える。じゃがアルキメデスにとっては、上と下からどこまで範囲を絞り込めるか、それ自体が目当てだったのじゃろう。その先に「究極の正確な値」があるという発想自体、無かったのかもしれん。机の幅を測るとき、理論的に完璧な長さなど気にせず、用が足りる精度で満足するのと同じことじゃ。
人間は、必要でないことは考えんものじゃよ。
この見方は『古代ギリシアの数2 無理数は本当に発見されていたのか?』でくわしく扱っています。
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ポゥじいπというのは、たしかに不思議な数じゃ。「π= 3.141592 …」と、どこまでもどこまでも続いておるが、決してデタラメではない。円の直径と円周の比──つまり、形の中から生まれる数なのじゃ。


