名前の由来となったトレミーとは
「トレミー」は英語名 Ptolemy に由来する呼び方で、日本語では「クラウディオス・プトレマイオスプトレマイオスなし詳しく見る →」とも表記されます。90年頃〜168年頃、古代ローマ時代のエジプト・アレクサンドリア近郊に住んでいた地理学者・天文学者・数学者です。
著作『アルマゲスト』において天動説(地球中心説天動説地球が宇宙の中心で静止していて、太陽や月、星々、惑星がそのまわりを回っているという宇宙観。プトレマイオスが数学的なモデルとして完成させた。)を体系的に説明し、中世ヨーロッパからイスラム世界にかけて長らく天文学の権威とされました。『アルマゲスト』という書名も、この本の権威をそのまま映しています。もともとの題は『数学集成』でしたが、やがてギリシア語で「最も偉大な書」と呼ばれるようになり、それがアラビア語に訳されるときに定冠詞のついた「アル・マジスティー」となって、なまって『アルマゲスト』に落ち着きました。17世紀ごろまで天文学者の必読書であり続けた本です。
この定理は、何に使われたのか
トレミーの定理は、きれいな関係式として単独で眺めることもできますが、プトレマイオスにとっては道具でした。
彼が作ろうとしていたのは弦の表です。半径60の円を用意し、中心角1度から180度までのすべてについて、その角度が切り取る弦の長さを求めた一覧表。天体の位置を計算するには、この表がどうしても必要でした。
問題は、簡単に求まる角度がごく限られていたことです。そこでプトレマイオスは、すでに分かっている弦から、まだ分からない弦を導く道具を必要としました。それがこの定理です。
では、この定理を使ってどうやって表の空欄が埋まっていったのか。ここはこの冬に刊行予定の新刊のメインテーマなので、そちらでじっくり追いかけます。





ポゥじい博士の見立てひとつ言っておかねばならんな。当時の天文学は、実は占星術じゃった。天文学者、数学者、占星術師。あのころは、みな同じ意味で使われておった。
プトレマイオス自身、『アルマゲスト』のほかに『テトラビブロス』という占星術の教科書を書いておる。そしてこちらも、中世ヨーロッパの天文学者の必読書じゃった。
じゃが18世紀、19世紀になると、占星術は科学者にふさわしくないとみなされ、文献から抹殺されていった。弦の表がもともと何のためにあったのかも、そのとき一緒に見えにくくなったのじゃよ。
そもそも「占星術」という訳語じたいが、後から付いたものじゃ。英語の astrology の logy は、ロゴス(理性、話す)から来ておる。ロゴスは学問も意味するから、正確に訳すなら「占星学」でなければならん。明治になって西洋の言葉が入ってきたとき、古くていかがわしいものは「術」、高級なものは「学」と振り分ける風潮があってな。医学と医術も、同じ振り分けの跡じゃ。
ついでに言うておくと、ガリレオもケプラーもコペルニクスも、みな占星術師じゃった。ケプラーなどは、母親が魔女裁判で死刑になりかけたとき、宮廷数学者、つまり国王直属の占星術師という立場を使って救い出しておる。
