ここまでは、いまの数学の言葉でこの定理を見てきました。ここからは、この定理をめぐって古代の世界で何が起きていたのかを見ていきます。
一辺の長さが1の正方形に、この定理をあてはめてみてください。対角線の長さは、2乗すると2になる数です。ところがこの数は、どんな分数でも書き表せません。ピタゴラスの定理は、それを見つけてしまう道具でもあったのです。この発見をめぐっては、ある集団の信仰を揺るがした事件として、古くから語り継がれてきた話があります。
ピタゴラス教団の「無理数のパニック」という有名な話
ピタゴラス教団は「万物は数である」と信じていました。ここでいう数とは自然数とその比、つまり有理数のことです。世界は美しい整数比でできている、と教団は信じて疑いませんでした。
ところがある日、その確信を根底から覆す発見がなされます。正方形の一辺と対角線が、どんな自然数の比でも表せないことが分かってしまったのです。
一辺の長さを1とすると、ピタゴラスの定理から、対角線は2乗すると2になる長さ、今でいう√2だと分かります。この√2という数字は無理数無理数分子・分母がともに整数の分数a/bの形で表せない実数。円周率π、√2、自然対数の底eなどが代表例で、小数にすると無限に非循環に続く。詳しく見る →です。自然数の比では表せない数字です。古代ギリシアの言い方をすれば、「正方形の一辺と対角線は、共通の物差しでは測れない」という話になります。
身近な正方形という図形から、教団の教義をひっくり返す例外が見つかったのですから、これは相当な衝撃だったはずです。



もちろん、この話が真実かどうかは分からぬ。だが、それほどまでに無理数の発見は、当時の世界観にとって危険なものだったということじゃ。
ただし、この逸話がどこまで史実なのかは、はっきりしていません。それどころか、当時のギリシアで「無理数」が今と同じ意味で見つかっていたのかどうか、というところから問い直す必要があります。そこを確かめるには、古代ギリシアの数学がどんな枠組みで組み立てられていたのか、彼らが「数」や「量」をどう扱っていたのかまで踏み込まなければなりません。
「ピタゴラスの定理」は本当にピタゴラスのものか
実は、この定理自体はピタゴラスピタゴラス宇宙の原理を数と結びつけた古代ギリシアの哲人詳しく見る →より前から、エジプトやバビロニアで知られていたのではないか、とポゥじいは見ています。ピタゴラスにまつわる逸話の多くは、後世に伝えられる中でふくらんでいったものです。
ポゥじい博士の見立ていまの教科書では「a² + b² = c²」という数式で説明される。これは現代の数学では、正確でとても便利な表し方じゃ。ただ、古代ギリシアでこう書かれていたわけではないのじゃ。わしらは記数法や代数という言葉をあとから手に入れておるから、それを使って古代の考え方を現代風に言い直しておる、ということじゃな。
彼らにとってこの定理は、「斜辺の上にできる正方形の面積は、直角をはさむ2辺の上にできる正方形の面積の和に等しい」という、あくまで図形の面積についての命題じゃった。
ここを読み解くには、古代ギリシア人が"数"と"量"(長さ・面積など)をどう扱っておったかから知らんといかん。彼らは両者を明確に区別しており、量どうしのかけ算という考え方を持っておらんかった。そこを飛ばして現代の代数の言葉だけで読むと、彼らが何を証明したのかを見誤ってしまうんじゃよ。ひとつの定理をとっても、さまざまな歴史や数の物語があるんじゃ。
ここで少し、このピタゴラスについてもお話ししているMathematicaの本をご紹介させてください。無理数発見の瞬間を、ポゥじいはこう語っています。
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ポゥじいメタポンティオン(南イタリアのギリシアの植民都市)の学徒ヒッパソスが、正方形の対角線の長さ ── つまり図 1.1 に示された正方形の一辺と対角線の比が、自然数の比では表せないことを示してしまったのじゃ。



