ヒエログリフ(神聖文字)
用語
Hieroglyph

ヒエログリフ(神聖文字)

古代エジプトで「神の言葉」として使われた象形的な文字。1・10・100と位ごとに違う記号を置き、その数だけ並べて足し合わせる記数法を持つ。
ひとことで言うと

古代エジプトの象形文字。数を表す記号もそなえている。

ヒエログリフとは

この用語の要点
  • 古代エジプト語を書き表すために使われた象形的な文字
    • 音を表す記号と、意味を表す記号を組み合わせて書く
    • 数は、一・十・百…を別々の記号にして、必要な数だけ並べて足す

ヒエログリフ(神聖文字)とは、古代エジプト語を書き表すために使われた象形的な文字です。古代エジプト人は言葉には力が宿ると考え、自分たちの文字をメドゥ・ネチェル(神の言葉)と呼びました。

音を表す文字と、意味を表す文字の両方をあわせ持つのが、ヒエログリフの特徴です。

1つの文字が「音」を表すものを表音文字といいます。日本語のひらがなやカタカナがこれにあたります。いっぽう、文字そのものが「意味」を持つものを表語文字といいます。こちらは漢字が典型です。ヒエログリフには、その両方が混ざっています。

ですから、絵がそのまま意味を表すだけの文字ではありません。1つの子音を表す記号(およそ24個)、2つ3つの子音をまとめて表す記号、単語そのものを表す記号、そしてその語が人・動物・場所のどれに属するかを示す記号を組み合わせて書かれます。母音は原則として書きません。アルファベットとは仕組みが違う文字です。

書く向きは、右から左、左から右、縦書きのどれもありました。人や動物の記号が顔を向けている側から読み始めます。

記号の数は時代によって違います。中王国時代(紀元前2000年ごろ)にふだん使われた記号は数百種類で、いまの標準的な記号表(ガーディナーの記号表)には約760種類がまとめられています。のちのプトレマイオス朝の時代には、数千種類にまで増えました。

1つの子音を表す記号(単子音記号)およそ24個の一覧。読みやすさのため英字を当てているが、英語のA〜Zと一対一で対応するアルファベットではない。

表の記号は、ハゲワシ、足、手、フクロウ、さざ波(水)、口、かごのように、身近な動物や体の部分、道具の形をもとにしています。ただし、ここで記号が表しているのは、その物の名前ではなく子音の音です。

ヒエログリフで数字を表す方法

ヒエログリフでは、一、十、百、千、万、十万、百万をそれぞれ異なる記号で表します。

古代エジプトの数字のヒエログリフ一覧。1は棒、10は取っ手、100は縄、1,000は花、10,000は指、100,000はカエル(一般にはオタマジャクシとされます)、1,000,000は両手を挙げた神。

棒(|)は1、取っ手(∩)は10、縄は100を表します。この3つの記号を覚えるだけで1から999まで書き表せました。文字は読めなくても数は書ける、という体系です。

たとえば「23」は、∩∩|||(取っ手2つ+棒3つ)と書きます。ヒエログリフは左から右にも右から左にも書けるので、|||∩∩ と並べても同じ23です。置く場所で値が変わることはありません。ただし実際には、同じ値の記号はまとめて書くのが基本でした。

このように、決まった値を持つ記号を必要なだけ繰り返し、足し合わせて数を表す方式を、一般には加法的な非位取り記数法といいます。本シリーズでは「合成文字方式」と呼んでいます。

古代エジプトの数字の表記例。3215を、千を表す花3つ、百を表す縄2つ、十を表す取っ手1つ、一を表す棒5本で書き表している。

実際に数を入れて、記号の並びを確かめてみましょう。

ヒエログリフは、神殿・墓・記念碑などに刻まれる格式の高い文字でした。美しく整えて刻むには手間がかかり、読み書きを担ったのはおもに専門の教育を受けた書記です。パピルスに行政文書や数学書を素早く書く場面では、ヒエログリフを崩した「ヒエラティック(神官文字)ヒエラティック(神官文字)ヒエログリフと同じ古代エジプト語を、手書きしやすい形に崩した筆記体。1〜9、10〜90…にそれぞれ固有の記号をあてる数字を持つ。詳しく見る →」が使われました。

さらに深掘り

シュメールの文字との関わり

現在知られているもっとも古い文字は、紀元前3300〜3200年ごろ、メソポタミア南部とエジプトに相次いで現れます。シュメールの文字(※『古拙文字』参照)古拙文字シュメールの古都ウルクで発見された、紀元前3200年頃の世界最古級の絵文字。のちに粘土板にペンを押し付けて書く楔形文字へと発展した。とエジプトのヒエログリフです。

王朝時代が始まる前後のエジプトからは、シュメールの特産品である円筒印章が出土しており、当時のエジプトと西アジアのあいだに交流があったことがわかります。エジプトの文字がシュメールの文字から生まれたことを直接示す資料は見つかっていませんが、この交流を通じて「文字で記録する」という発想が伝わった、と見ることができます。

ヒエログリフの記号の形や言葉の表し方は、エジプト語に合わせて作られています。そして、絵から文字へ育っていく途中の段階がシュメールほどはっきりたどれず、早い時期の資料からすでに整った姿で現れます。

ポゥじい博士の見立て

わしはな、エジプトの文字も、シュメールから伝わった発想の上に育ったと思うておる。

絵文字なら、シュメールだけでなく肥沃な三日月地帯のあちこちで見つかっておる。紀元前4000年ごろには、この一帯で広い交易がなされておった。言葉の違う相手と取引するには、絵で記す工夫が要る。文字の下地は、シュメールにもエジプトにも、先にあったのじゃ。

そのうえで言うがな。こういう状況を「同時多発的」と呼ぶ人もおるが、わしは発明というものは、まれにしか起きんと思うておる。誰かが文字を使い始めてしまえば、まねるのは簡単じゃからのう。

記号の形そのものより、「文字で記録する」という発想のほうが、はるかに難しい。形が似ておらんことは、発想が伝わらなかったことの証明にはならんのじゃよ。

どんな文化も、それ以前の文化の影響を受けて育っておる。文字も同じじゃ。

ロゼッタストーンが解読の鍵になった

エジプトでヒエログリフが使われはじめたのは紀元前3200年ごろ。年代がはっきりしている最後の碑文は、フィラエ島のイシス神殿に残された紀元後394年のものです。その後は使われなくなり、読み方も長いあいだ忘れられていました。

手がかりになったのが、1799年、ナポレオンナポレオンなし詳しく見る →のエジプト遠征のさなかに見つかったロゼッタストーンです。同じ内容の布告が、ヒエログリフ・デモティック(民衆文字)・古代ギリシア語の3種類で刻まれていました。ギリシア語は当時のヨーロッパでも読めたため、残る2つを解くための手がかりになったのです。

イギリスのトーマス・ヤングが王名などの解読を進め、その成果を引き継いだフランスの言語学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンが、1822年に突破口となる成果を発表します。すべてが一日で解けたわけではありませんが、この年を境に、神殿や墓やパピルスに残された古代エジプト人自身の言葉を読み解く道がひらけました。

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