ホルスの目
用語
Eye of Horus(Wedjat)

ホルスの目

古代エジプトで回復と守護を象徴した目のかたち。その各部分が1/2から1/64までの分数を表すとされ、すべて足すと63/64になる。
ひとことで言うと

古代エジプトの神話に由来する回復と守護のしるし。6つの部分が分数を表すことでも知られる。

ホルスの目とは

この用語の要点
  • 古代エジプトの神ホルスの目をかたどった、回復と守護のしるし
    • 目の6つの部分が 1/2 から 1/64 までの分数を表すとされる
    • 6つを全部たすと 63/64。1にわずかに届かない

ホルスの目は、古代エジプトの神ホルスの目をかたどったしるしです。「ウジャトの目」(ウアジェト)とも呼ばれ、ウジャトには「健全なもの」「完全になったもの」という意味があります。人の目にハヤブサの目の特徴を組み合わせた形をしていて、回復・再生・守護を表しました。古代エジプトでもっとも広く使われた護符のひとつです。

そしてこのしるしは、数を表す記号としても知られています。

目の各部分が表す、6つの分数

古代エジプトには、穀物などの量をはかる「ヘカト」という単位がありました。1ヘカトを半分に、その半分に……と分けていった次の6つの分量に、それぞれ専用の記号が用意されています。

1/2, 1/4, 1/8, 1/16, 1/32, 1/64

どれも、前の分数を半分にして得られる数です。分母が2の累乗になっているこうした分数を、現代では2進分数と呼ぶことがあります。ただし、古代エジプトで2進法の位取りが使われていたという意味ではありません。

この6つの記号は、ホルスの目の各部分をかたどったものだと説明されます。どの部分がどの分数にあたるかは、次のように対応づけられています。

ホルスの目の各部分と分数の対応。まゆが1/8、目の左側が1/16、目の右側が1/2、瞳が1/4、渦巻きが1/32、涙が1/64。すべて足すと63/64になり、1に届かない。

そして6つをすべて足すと、

1/2 + 1/4 + 1/8 + 1/16 + 1/32 + 1/64 = 63/64

1にわずかに届きません。神話の目と分数の計算が、ひとつの図像のなかで重なっています。

下の図で、部分を選びながら合計を確かめられます。

「ホルスの目の分数」という呼び名

この対応づけを唱えたのは、20世紀初めのエジプト学者ゲオルク・メラーです。記号の形と目の各部分が似ていることに注目しました。多くの本や教科書に取り入れられ、いまも広く知られている説明です。

ただし、もっと古い時代の記号をたどると形が一致しないという指摘もあり、決着はついていません。「ホルスの目の分数」は、そうした経緯を含んだ呼び名です。

ホルスの目の神話

ホルスは、エジプト神話に出てくる天空と王権の神で、オシリスとイシスの子です。父オシリスが弟セトに殺されたのち、ホルスは王位をめぐってセトと争います。その戦いのなかで、セトはホルスの片目をくりぬき、引き裂いてしまいました。

ホルスはずたずたになった目を、知恵の神トトのところへ持っていきます。トトがその目を癒やすと、目はもとの完全な姿に戻りました。こうして回復した目が「ウジャトの目」です。傷ついたものが再び完全になることから、治癒・再生・守護の象徴になりました。

ホルスは回復した目を、死者の国の王となっていた父オシリスに渡します。ホルスのよい方の目は昼を照らす太陽に、父に渡した目は夜を照らす月になりました。太陽の神といえばラーが知られていますが、エジプト神話ではこの程度の食い違いは珍しくありません。つじつまを合わせないまま、そのまま伝えられてきたのです。

右目と左目のちがい

ホルスの目には右目と左目があり、右目は太陽、左目は月の象徴とされています。

とくに左目は、セトとの戦いで損なわれたのち、トトに癒やされた目です。「ウジャトの目」と呼ばれるのは、ふつうこの左目のほうで、守護・治癒・再生の力を表すものとなりました。王たちにとっても民衆にとっても、災いから身を守る魔除けとして大切にされ、護符や装飾品に多く用いられています。

さらに深掘り

神話と計算が、ひとつの図像に同居する

ホルスの目は、宗教のしるしでありながら、量をはかる記号でもありました。傷つき、癒やされ、父に受け継がれる目という物語と、1にわずかに届かない分数の組。この2つが、同じ図像のなかにあります。

当時の人びとにとって、神々と数は切り分けられるものではありませんでした。神殿の壁に刻む記号と、穀物を量るときの記号が地続きだったとしても、不思議はありません。

ポゥじい博士の見立て

わしは、結びついておったと見ておるよ。

エジプトでは、数と神々は切り離せるものではなかった。数のかたちに神の姿を見る、というのはごく自然なことじゃ。1に届かぬ63/64を「欠けた目」と重ねる感覚も、当時の人びとにはよくなじんだじゃろう。

もっとも、それを確かめる史料があるわけではない。神話と計算がひとつの図像に同居しておったと考えるのが、わしには一番おさまりがよい、というだけの話じゃがな。

足りない1/64は、どこへ行ったのか

6つを足すと63/64。この1/64を、神話の「傷ついた目」と結びつけて、失われた分はトトが魔法で補ったと説明されることがあります。ただし、これが古代エジプト人自身の考えだったことを示す史料はありません。

そもそも6つの記号は、1ヘカトより小さい量を半分ずつ表すためのものです。全部足して1にすることが目的だったとは限りません。

それに、1/64ヘカトより小さい量も表せました。「ロ」という別の単位があったのです。

1ロ = 1/320 ヘカト
1/64 ヘカト = 5ロ

1ヘカトは約4.8リットルと見られているので、1/64ヘカトは約75ミリリットル、1ロは約15ミリリットルにあたります。1/64が測れる限界だったわけではありません。

なぜ2で割り続ける分数だったのか

半分にして1/2、その半分で1/4、さらに半分で1/8。穀物や液体を分けるときに、これはとても扱いやすいやり方です。

カズオ
どうして2で割り続けるんですか。3等分でもよさそうなのに。
ポゥじい
2にはうまい性質があってな。2進分数は、半分にしても、2倍しても、やはり2進分数のままなのじゃ。1/8 を2倍すれば 1/4、半分にすれば 1/16。どれも同じ仲間じゃ。
カズオ
外にはみ出さないんですね。
ポゥじい
そこじゃ。しかも、いちばん大きい分母にそろえて通分すれば、かならず「整数 ÷ 2のべき乗」の形になる。つまり、自然数のかけ算と割り算さえできれば、そのまま分数の計算もできてしまう。エジプト人は、2倍する代わりに半分にしていく「2分法2倍法/2分法古代エジプトで使われた計算法。1を次々に2倍した表をつくり、必要な数の組み合わせを選んで答えを導く「2倍法」と、その逆に半分にしていく「2分法」がある。」という手順で、これをこなしておった。よくできた道具じゃよ。

ただし、なぜこの6段階に専用の記号が作られたのかについて、古代エジプト人自身の説明は残っていません。「計算に便利だから」という見方は有力ですが、現代からの推測です。

一般の「エジプト分数」とは別の仕組み

2で割り続けて得られる分数だけでは、1/3や1/5を正確に表せません。半分にし続けても、決してぴったりにはならないからです。

古代エジプト人は、こうした量を表すときに、分子が1の分数を組み合わせました。たとえば 2/5 = 1/3 + 1/15。これがいま「エジプト分数エジプト分数分子が1の分数(単位分数)を、同じものを2回以上使わずに足し合わせて表す、古代エジプトの分数の書き方。」と呼ばれている表し方です。

ただし、ヘカトを分ける6つの記号が先にあり、その限界を越えるために一般のエジプト分数が生まれた、という順序は確かめられていません。2つは用途の違う仕組みとして、並んで使われていました。

ポゥじい博士の見立て

わしは、順序があったと見ておる。

数の育ちかたは、まず自然数のかけ算・割り算から始まる。それが「2倍法」じゃ。やがて1より小さい数として2進分数を考え出し、そこでは2倍の代わりに半分にする「2分法」を使う。じゃが1/3や1/5は2進分数では表せん。そこでエジプト分数へと広げていった。道具が足りなくなるたびに、次の道具が生まれたという筋道じゃな。

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