神話と計算が、ひとつの図像に同居する
ホルスの目は、宗教のしるしでありながら、量をはかる記号でもありました。傷つき、癒やされ、父に受け継がれる目という物語と、1にわずかに届かない分数の組。この2つが、同じ図像のなかにあります。
当時の人びとにとって、神々と数は切り分けられるものではありませんでした。神殿の壁に刻む記号と、穀物を量るときの記号が地続きだったとしても、不思議はありません。
ポゥじい博士の見立てわしは、結びついておったと見ておるよ。
エジプトでは、数と神々は切り離せるものではなかった。数のかたちに神の姿を見る、というのはごく自然なことじゃ。1に届かぬ63/64を「欠けた目」と重ねる感覚も、当時の人びとにはよくなじんだじゃろう。
もっとも、それを確かめる史料があるわけではない。神話と計算がひとつの図像に同居しておったと考えるのが、わしには一番おさまりがよい、というだけの話じゃがな。
足りない1/64は、どこへ行ったのか
6つを足すと63/64。この1/64を、神話の「傷ついた目」と結びつけて、失われた分はトトが魔法で補ったと説明されることがあります。ただし、これが古代エジプト人自身の考えだったことを示す史料はありません。
そもそも6つの記号は、1ヘカトより小さい量を半分ずつ表すためのものです。全部足して1にすることが目的だったとは限りません。
それに、1/64ヘカトより小さい量も表せました。「ロ」という別の単位があったのです。
1/64 ヘカト = 5ロ
1ヘカトは約4.8リットルと見られているので、1/64ヘカトは約75ミリリットル、1ロは約15ミリリットルにあたります。1/64が測れる限界だったわけではありません。
なぜ2で割り続ける分数だったのか
半分にして1/2、その半分で1/4、さらに半分で1/8。穀物や液体を分けるときに、これはとても扱いやすいやり方です。




ただし、なぜこの6段階に専用の記号が作られたのかについて、古代エジプト人自身の説明は残っていません。「計算に便利だから」という見方は有力ですが、現代からの推測です。
一般の「エジプト分数」とは別の仕組み
2で割り続けて得られる分数だけでは、1/3や1/5を正確に表せません。半分にし続けても、決してぴったりにはならないからです。
古代エジプト人は、こうした量を表すときに、分子が1の分数を組み合わせました。たとえば 2/5 = 1/3 + 1/15。これがいま「エジプト分数エジプト分数分子が1の分数(単位分数)を、同じものを2回以上使わずに足し合わせて表す、古代エジプトの分数の書き方。」と呼ばれている表し方です。
ただし、ヘカトを分ける6つの記号が先にあり、その限界を越えるために一般のエジプト分数が生まれた、という順序は確かめられていません。2つは用途の違う仕組みとして、並んで使われていました。
ポゥじい博士の見立てわしは、順序があったと見ておる。
数の育ちかたは、まず自然数のかけ算・割り算から始まる。それが「2倍法」じゃ。やがて1より小さい数として2進分数を考え出し、そこでは2倍の代わりに半分にする「2分法」を使う。じゃが1/3や1/5は2進分数では表せん。そこでエジプト分数へと広げていった。道具が足りなくなるたびに、次の道具が生まれたという筋道じゃな。

