史上最も有名な立体「プラトンの立体」
神は常に幾何学する
古代ギリシアの哲学者プラトン※は、ある哲学者に「すべての哲学はプラトンの脚注にすぎない」といわせるほど、後世に大きな影響を与えました。プラトンは数学教育にも力を注ぎ、多くの金言を残しています。たとえば「学問というものは、知ることのみを目的で行うものであり、お金儲けなど何かに役に立つから行うというようなものであってはならない」と言っています。また、プラトンは筋金入りの神秘主義者でもあり、数や幾何学的図形の中に宇宙の真理を表す意味が隠されている、と考えていました。「神は常に幾何学する」は、プラトンの有名な言葉として伝えられています。
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正多面体は世の中に5つしか存在しない
ここでは、「プラトンの立体」あるいは「宇宙立体」と呼ばれる立体についてお話しましょう。数学ではプラトンの立体を単に正多面体と呼びます。正多面体とは正確には、(1) 各面がすべて同じ正多角形であり、(2) 各頂点において出会う正多角形の個数が等しい、という条件を満たす立体のことです。条件 (2) が必要なのは、正四面体を2つくっつけたような立体を排除するためです。
正多面体は面を増やすことでいくらでも作ることができるように思えますが、正多面体と呼べるものは世の中に5つしか存在しないのです。
正多面体がこの5個に限ることはわりと簡単に証明できます。正多面体の一つの頂点に何個の正多角形が出会っているかを考えます。まず正三角形から始めましょう。3つの正三角形を頂点で合わせると、底が正三角形の正四面体ができます。4つの正三角形を頂点で合わせると、底が正方形のピラミッドができます。このピラミッドを2つ作り、底の正方形を重ねると、正八面体ができます。5つの正三角形を頂点で合わせると、正二十面体の一部になります。
正三角形の一つの角は60°です。6個の正三角形を頂点で合わせると、角度は 60×60 = 360 で、平面となってしまい、立体はできません。正方形の場合は正六面体ができるだけであり、正五角形の場合は正十二面体ができるだけです。正六角形の場合は、一つの角が 120°なので、3つ合わせると 360°となり、立体はできません。同様にして、正六角形より角数の多い正多角形では正多面体はできないことが分かります。以上より、正多面体が図1の5つに限ることが分かります。
宇宙を構成する四大元素
古代ギリシア人は、宇宙を構成する元素が、火、空気、水、土の4つであると考えていました。プラトンはその著書『ティマイオス』の中で、この4つの元素に5つの正多面体のうちの4つを割り当てました。
プラトンは、これらはさらに2種類の直角三角形に分解できると考えました。正三角形の半分と直角二等辺三角形の2つです。プラトンはこの2つの三角形を「ストイケイア(基本三角形)」と呼んでいます。現在私たちがお店で買うことができる三角定規はこの2つの三角形の形をしています。ストイケイアとは「基本」とか「基本的構成要素」という意味で、古代ギリシアのユークリッド※が著した『原論』のギリシア語名称は『ストイケイア』です。
プラトンは次のように述べています。「神はこれらの4大元素の始原(アルケー)として2種類の基本三角形(ストイケイア)を与えなさった」。つまり、正三角形は図4 のように6個の基本三角形からなり、正四角形(正方形は)8個の基本三角形からなります。
したがって、正四面体は 4×6=24個の基本三角形、正八面体は 8×6=48個、正二十面体は 20×6=120個の基本三角形からなります。
正四面体は角張っていて火を表します。正六面体は、一面に敷き詰めることができるから大地の土を表します。正二十面体は球に近く丸まっているので水を表します。正四面体(火)と正二十面体(水)は共に面が三角形で、その中間に正八面体(空気)が入ります。水は蒸発すると空気になり、火は空気より軽い(小さい)と考えていたようです。
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宇宙に充満する神秘的な元素「エーテル」
では正十二面体は何でしょうか。正十二面体の各面は正五角形です。プラトンはピタゴラス学派から大きな影響を受けていて、数神秘主義とか、霊魂の輪廻転生などはピタゴラス学派から受け継ぎました。正五角形はピタゴラス学派のシンボルマークである五芒星を含む大切な図形です。
正五角形の各頂点を結ぶと中にまた正五角形ができます。各頂点を対角線に沿って一筆書きすると星形ができます。この星形を五芒星といいます。また、各頂点から向かいの辺に垂線を下ろします。すると正五角形は図6のように30個の直角三角形に分割できます。内側の小さい正五角形のなかに10個、五芒星の腕の部分に10個、五芒星の外側に10個の計30個です。
そしてこの 30×12=360 の三角形からなる正十二面体を、万物を包み込む宇宙のうつわと見なしたのです。30は1ヵ月を、面の数12 は1年の月の数を表します。6 と 10 はピタゴラス学派が大切にしていた数です。
のちにこの正十二面体は宇宙に充満する神秘的な第5の元素「エーテル」だと考えられるようになりました。エーテルは、ごく最近の19世紀になるまで、多くの人がその存在を信じていました。もし、光(あるいは重力)が波だとすると、波を伝える何らかのものが存在しなければなりません。それがエーテルだと考えられていたのです。
ピタゴラス学派のシンボルマークである五芒星と黄金比に関する詳しい記事はこちら▼
黄金比 〜五芒星に現われる美しい比率〜
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史上最も有名な立体
プラトンの立体は、その後大勢の人に引用されました。ルネサンス期はギリシア・ローマ時代の文化に注目が集まった時代です。この時代で最も有名な画家の一人はレオナルド・ダ・ヴィンチ※ですが、ダ・ヴィンチは素晴らしいイラストレーターでもあったのです。ダ・ヴィンチの友人にルカ・パチョーリ※という修道士がいました。彼は複式簿記を広めた人としても有名ですが、数学を神学の一部だと考えていて、『神聖な比例』という本を書いています。ダ・ヴィンチはこの本のなかでプラトンの立体のイラストを描いています。このイラストの正確さは有名で、実際に模型を作って描いたのではないかといわれています。実際にこの模型を持っていたという人もいたようですが、ダ・ヴィンチが作った本物ではなかったのでしょう。
レオナルド・ダ・ヴィンチとプラトンの立体に関する詳しい記事はこちら▼
『Web連載ピラミッドに隠された謎』5-4.ウィトルウィウス的人体図と黄金比
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その後ヨーロッパには科学革命の時代がおとずれます。ニュートン※やケプラー※が活躍した時代です。ケプラーも神秘論者で、この宇宙は神が幾何学を用いて創造したに違いないと考えていました。当時知られていた惑星は、水星、金星、地球、火星、木星、土星の6つでした。「どうして惑星はこの6個なのだろう? これは、プラトンの立体が5個であることと関係があるに違いない」と彼は考えました。当時の天文学者は古代ギリシアのユークリッドの幾何学を学んでいました。そこには、プラトンの立体に内接する球と外接する球の半径に関する理論が載っていました。ケプラーは一番内側に水星軌道が載っている球があり、それに正八面体が外接し、それを金星軌道の球が外接するといった順で、地球、火星、木星、土星の球をそれぞれ二十面体、十二面体、四面体、六面体が支えていると考えたのです。
この軌道の計算は、当時の観測結果とほぼあっていました。ケプラーの業績の一つは、「惑星の軌道は円ではなく実際は楕円である」ということを発見したことで、これはいま述べた「宇宙=プラトンの立体説」に矛盾してしまします。しかし彼はいっこうにかまわず、終生この「宇宙=プラトンの立体説」を誇りにしていました。プラトンの立体は古代ギリシアの時代から近世にいたるまで、様々な科学者を魅了し続けてきたのです。
数々の偉業を達成したニュートンとはどのような人物だったのでしょうか。科学革命と呼ばれる17世紀の時代背景とニュートンの人物像にせまる連載はこちらから▼
最後のバビロニア人『ニュートン』のお話 [Vol.1]:科学革命の旗手
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