
等加速度運動
ページ目次
等速運動と等加速度運動
等速運動
ガリレオは一様に速度が増加していく“等加速”という概念に到達しましたが、まだ速度の増加する割合を示す “加速度” という概念には至っていません。これはガリレオの後を継いだニュートンの業績ということになっていますが、ガリレオ自身も2つの等加速度運動の速度(の増加率)の違いについて議論しています。
等加速度運動の議論の前に、前節で述べた 等速運動 の復習をしましょう。2つの等速運動する物体 A と B があります。A は速度 v1 で t1 時間かかって距離 s1 進み、B は速度 v2 で t2 時間かかって距離 s2 進むとします。次の (i) は等速運動の定義、(ii) は等速運動の定理です。
(i) 時間が等しいなら距離は速度に比例する。 t1 = t2 ⇒ s1 : s2 = v1 : v2
(ii) 速度が等しいなら距離は時間に比例する。 v1 = v2 ⇒ s1 : s2 = t1 : t2
ガリレオは、距離、時間、速度の関係が、「比例論」の基本概念である長方形の、面積、底辺、高さと同じ振る舞いをすることに気がつきました(ギリシアの幾何学では、長方形ではなく平行四辺形ですが本シリーズでは長方形に制限しています)。2つの長方形 A と B があります。A の底辺は a1、高さは b1、面積はs1 とし、B の底辺は a2、高さは b2、面積はs2 とします( 図1.7.1 )。

このとき次が成立します。
(i) 底辺が等しいなら面積は高さに比例する。 a1 = a2 ⇒ s1 : s2 = b1 : b2
(ii) 高さが等しいなら面積は底辺に比例する。 b1 = b2 ⇒ s1 : s2 = a1 : a2
すでにガリレオは、時間や速度を線分(の長さ)で表していました。そこでガリレオは
距離 = □(時間, 速度)
と考えることにしました。つまり、「距離とは、底辺が時間で、高さが速度の長方形である」としたのです。距離と時間はすでに分かっています。速度とはこの式を満たす高さを表す線分のこと、と考えることにしたのです。面積は、数値とか線分とは関係のない抽象的な量です。
等加速度運動
等加速度運動 にまいりましょう。落下 AC を考えます。AC は坂でも鉛直でもかまいません。点 B を AC 上の任意の点とし、
AB に要する時間 t1, AC に要する時間 t2
B での速度 v1, C での速度 v2,
と置きます。等加速度運動とは
v1 : v2 = t1 : t2 (1)
が成立する運動のことです。ガリレオは 図1.7.2 のような図を描いています。

OB=t1, OC=t2, UB=v1, VC=v2
と置きます。すると、式 (1) より、△UOB と △VOC は相似になります。Bは OC 上の任意の点、UB は VC と平行な線分です。
--Advertising--
ガリレオの公準と倍距離則
ガリレオの公準
ここで〔ガリレオの公準〕について考えてみましょう。図1.7.3 の三角形 ABC を考えます。

ガリレオは、A から球を転がしたとき、C での速度は坂の傾斜にかかわらず常に一定であることを発見しました。C をどんどん B に近づけます。C が B と一致すると球は A から B への鉛直落下となりますが、このときも速度は同じだと考えました。〔倍距離則〕も同様に、鉛直落下についても成立すると考えました。Aから球を落下したとき、B での速度と C での速度は同じで v とします。また
AB=h, BE=2h, AC=s, CD=2s
AB の落下時間 t1, AC の落下時間 t2
とします。すると、BE間と CD間は等速度だから
2h = □(t1, v), 2s = □(t2, v)
が成立します。高さが等しい長方形の面積は底辺に比例しますから、次が成立します。
h : s = □(t1, v) : □(t2, v) = t1 : t2 (2)
これを次の定理としてまとめます。この定理は将来もっと洗練された形でニュートンによって示されますから特別な名前は付けず、定理1 としておきます。
定理 1
図1.7.3で次が成立する。ここで time(AB) はAB の落下時間、time(AC)はAC の落下時間とする。
time(AB) : time(AC) = AB : AC
定理1 は次の定理で、上の式 (2) として引用します。
弦の規則
ガリレオは、次の有名な〔弦の規則〕と呼ばれる次の定理を証明しています。
定理〔弦の規則〕
図1.7.4-1 のような円がある。Pは円周の真上、A は任意の点、C は真下。
P からC に達する時間とA から C に達する時間は等しい。

弦の規則の証明
図1.7.4-2 のように長方形 AHCB を描きます。

PC=R, AC=s, AB=h
time(AB)=t1, time(AC)=t2, time(PC)=t3
と置きます。AB と PC は共に鉛直落下ですから、時間平方則より
h : R = t12 : t32
が成立します。直角三角形 HCA と CAP は相似ですから
HC : AC = AC : PC すなわち h : s = s : R
が成立します。したがって、s は h と R の比例中項です。よって、
t12 : t32 = h : R = h2 : hR = h2 : s2
となり、
t1 : t3 = h : s
となります。上で述べた式 (2) より
t1 : t2 = t1 : t3
が成立します。左項の一致より、 t2 = t3 が成立します。
落下運動の理論
ガリレオの描いた「距離=時間×速度」の図
図1.7.5 のような坂 AC を落下します。AC=s, CD=2s, time(AC)=t, Cでの速度 v とします。

CD では速度 v、時間 t で、距離 2s を移動する等速運動だから、
2s = □(t, v)
となります。ガリレオは、坂AC の落下における速度の変化を図1.7.6のように描きました。

OC=t, CV=v です。Fを VC の中点とすると、VF = (1/2)v です。四角形 OCFD の面積は
\( □(t, \frac{1}{2}v) = \frac{1}{2}□ (t,v) = s \)
となり、ちょうど坂の距離 s となります。したがって、等加速度運動が移動する距離は、「最終速度の半分の速度で、同じ時間移動する等速運動の距離」となります。現在私たちが持っている“等加速度運動”の概念を使って判断しないように注意してください。また、□(t, v) はまだ t×v とは見なされていません。ガリレオの可能な掛け算は自然数だけです。さらに
\( □(t, \frac{1}{2}v) = △VOC\)
より、「△VOC の面積が等加速度運動の距離を表す」と考えました。

図1.7.7で、OB=t1, OC=t2, UB=v1, VC=t2, AB =s1, AC =s2 とします。すると次が成立します。
\( s_1 = △OBU = \frac{1}{2}□(t_1, v_1)、s_2 = △OBU = \frac{1}{2}□(t_2, v_2) \)
これを比で表すと、
s1 : s2 = □(t1,v1) : □(t2,v2)
となります。相似な長方形の面積は辺の2乗に比例しますから
= □2(t1) : □2(t2)
が成立します。実験で得られていた〔時間平方則〕が等加速度運動の定義から定理として証明することができました。
定理 〔時間平方則〕
等加速度運動において、移動距離は時間の平方に比例する。
ガリレオは時間や速度を「数」として扱った
ガリレオ以前、時間と速度を数学的対象とした人はいませんでした。ガリレオはこれを幾何学における線分(の長さ)として扱いました。『原論』における、長さ、面積、体積は抽象的な“量”であって定義はなにもありません(『原論』には、「点とは部分を持たないものである」とか「線分とは幅のない長さである」といった定義がありますが、これは現代数学における定義とは違います)。 ガリレオも単に、速度を等加速度運動の定義を満たす量として扱っています。 しかし、ガリレオにおける大きな進歩は、時間や速度を“数”としても扱っていることです。ガリレオにとって数とは自然数だけでしたが、単位を非常に小さいものにとれば、実用的には十分意味を持ちます。
ガリレオは、「速度は距離に比例するのではなく、時間に比例する」という事実に気がつくと「落下の理論」が急速に進みました。しかしこれは「落下の理論」だけにとどまらず、数学や物理学、いや科学全般に影響を及ぼすことになるのです。そのようすを次節で見てみましょう。
スポンサーリンク