横に撃った弾と、真下に落とした弾。
先に地面に着くのは、どっち?
ガリレオを落下の研究へ向かわせた大きな入口のひとつは、純粋な好奇心ではありませんでした。 戦場です。
20代の後半、ガリレオはパドヴァ大学に着任します。この就職を後押ししたひとりが、 要塞監督官のグィドバルド・デル・モンテ侯でした。町の防衛や要塞の構築について相談を受けるなかで、 ガリレオの興味を強く引いた問題があります。 「大砲の命中精度を上げるために、砲身の角度をどう定めればよいか」——これでした。
当時の学者の常識では、大砲の弾は「まっすぐ飛んで、勢いを失うと真下にドスンと落ちる」と考えられていました。 放物線を描くという発想は、まだありません。まっすぐ飛ぶと思って狙いをつければ、当然ながら弾は届きません。 ガリレオは実射を重ねて確かめるのではなく、数学でこの問題に挑みました。 そして、発射した弾は真ん中あたりで最高点に達し、発射角と同じ角度で落ちてくること、 45°で飛距離が最大になることを導き出します (どちらも空気抵抗を無視し、発射点と着地点の高さが同じ場合の話です)。 現場の兵士たちが経験で知っていたことを、誰もが納得する理屈で裏づけたわけです。
火薬の量を変えても、落ちる時間は変わらない
そして1609年。ガリレオは、原理を確かめるための特殊な条件を設定した実験を行います。 高台に大砲を置き、ぴったり水平に狙いを定めて、火薬の量を変えながら撃つ。 火薬の量を変えるということは、弾の初速度を変えるということです。 この実験の様子は、アントニオ・デ・メディチという貴族に宛てた手紙に書き残されています。
そう思うのが自然です。ところが、結果は違いました。実際に動かして確かめてみてください。
紫の球は水平に発射した弾、黄色の球は同じ高さから真下に落とした弾。
スライダーで火薬の量を変えても、2つは必ず同時に着地します。
※ここでは空気抵抗を無視し、2つの球は同じ高さから、
下向きの初速度を0として動き出すものとしています。
つまり 横向きの勢いは、落ちる時間に影響しない。 地面に達するまでの時間は、「高さ」だけで決まっていました。
これは、見た目には複雑なカーブを描く弾道が、実は 「水平方向の動き」と「鉛直方向の落下」という、独立した2つの動きが重なっただけ だということを意味します。複雑な運動を、単純な運動に分解して考える。 この発想が、のちに落下の理論を完成させる決定的な鍵になりました。
同じことが、走る船の上でも起きる
この「横と縦は無関係」という原理は、まったく別の舞台にも顔を出します。 1632年に出版された『天文対話』——ガリレオ裁判の原因のひとつになった、あの本です。
当時、地動説にはこんな反論がありました。 「もし地球が自転しているなら、猛スピードで動いているのだから、 すべてのものが西に吹き飛ばされてしまうはずだ」。 地面が動いているなら、その上に乗っているものは置いていかれるはずだ、という直感です。
これに対してガリレオが持ち出したのが、船の思考実験でした。 速く走る船のマストの頂上から石を落とす。石はどこに落ちるでしょうか。
船がどれだけ速く走っていても、石はマストの根元に落ちます。 「船から見る」に切り替えると、石がただ真下に落ちているだけに見えるのも同じ理由です。
大砲の弾で見たのとまったく同じ原理が、ここでも働いています。 そして地球も同じこと。地面と一緒に空気も石も私たちも動いているのだから、 吹き飛ばされたりしない——これがガリレオの反論でした。
ここから、30年の迷宮がはじまる
ここまでで、ガリレオは「落下の時間は高さだけで決まる」という事実を手に入れました。 複雑な運動を、単純な2つの動きに分けて考える道具も手にしました。 けれど、まだ肝心のものが残っています。
刻々と変化する速さを、数で表す方法が、当時はまだどこにもありませんでした。 時計もメートルも小数もない。「速度」という言葉の意味さえ、定まっていなかったのです。 ガリレオはこのあと、30年におよぶ迷宮に足を踏み入れます。 そして最後には、たった一行の答えにたどり着きます。
その30年に何があったのか。どこで間違え、何を捨て、どうやって抜け出したのか。 このサイトでは図をひとつずつ追いかけていきますが、 物語としてひと続きに読めるのは書籍のほうです。 ポゥじいとカズオ、スウカの3人の対話で、最初から最後までたどれます。